soixante-huit
幹事を引き受けた野村君のチョイスはなかなか良いセンスしてると思う、パーティーメニューの飲み放題は値段の割に豪華で味も美味しい。お酒も案外色々あって、カクテルメニューを好むあかりちゃんでも、アジアンビールを好む水科さんにも対応出来るようになっていた。
その甲斐もあってかあかりちゃんと雨宮さん、安藤と水科さんはそれなりにいい感じで会話も弾み……野村君何かゴメン、残飯処理が如く私の相手をさせてしまいまして。けど彼ホント気遣い上手で嫌な顔一つせず私の相手をしてくれる。
「ところで五条って結婚とか考えてるの? この前婚活パーティーに参加してたけど」
「う~ん、考えてなくはないけどそう思える相手とちゃんとした恋愛をしてみたいかな、とは思う」
「やっぱり恋愛ありき? でもそれだと結婚って上手くいかないよ。恋愛向きの人と結婚向きの人とがいるし、恋愛は夢見心地が許されるけど結婚って生活だからね」
惚れた腫れたで腹は膨れないってことかな?経験者の言葉の重みって違うよね。
「俺は一度失敗してるけど、経験もしてるから赤の他人と一つ屋根の下で生活するノウハウも多少あるよ。ゼロからのスタートじゃないからそこはむしろ強みになると思うんだ」
なるほどねぇ、そういうのちょこっとご享受願いたいわ。私一人暮らしすらしたことが無いから、どんなものかを聞いて知るだけでも心構えが変わってくると思う。だったら一人暮らしから始めてみろってか? 自宅から通える勤務先なのにわざわざそんなことする必要性が無いっての、それならその日が来るまで貯金しておけば後々困らないじゃない。
「その相手はお前やのうて俺や、なつから離れろ」
ん? 何で関西弁? って思って声のする方を見ると又しても郡司君、アンタ乗り込むの好きよね?ってかどこで漏れた? 安藤? と思ったけどこの子もキョトンとしてる、ひょっとして付けられてんの私? うわっ! キッモ!
「アンタまだやってんの?」
安藤は完全に郡司君を蔑視してる、従兄弟とは言え嫌いなものは嫌いらしい。
「当たり前や、俺はまだ諦めてない」
え~コイツまじウザ~。
「人の話を聞けない男は嫌いです、私お断りしましたが」
「それでも引き下がれんほど本気なんや俺は。考え直してほしい」
いえ何度言われても答えは同じですよ、むしろどんどん嫌いになっていくわ。けど性懲りもなくこの前差し出されたものと全く同じ小箱をポケットから取り出し、これまた全く同じ指輪を見せてくるけど要らないんだってば。
「あの、要らないんでお引き取り願えません?」
「受け取ってくれるまでは帰らん」
うわ~マジ嫌こういう男と辟易としていたら、あかりちゃんがおもむろに席を立ってその箱をひょいっと掴み取った。
「ハイ受け取った、これで良いんでしょ?」
「あんたに渡したんちゃうぞ」
「あ"? んじゃこれで良いんだろ?」
とそれを私の手に納めてくる。いえマジで要らない、けどこの子案外力強くて手の平に強引にねじ込んでくる。ってか急に言葉遣い変わったけどアナタやっぱりそちら系ですよね?
「ホレ受け取ってんだろ? さっさと帰れオッサン」
「あんたなんちゅうやり口……」
「ゴチャゴチャ言ってねぇで帰れっつってんだよ、受け取りゃ交渉成立だろうが」
「……」
まぁ『受け取るまで帰らん』ってことは『受け取ったら帰る』って意味だからね。
「不本意ですが受け取りましたんでお引き取りください」
「それをはめて欲しい」
おい調子に乗って要求のハードル上げてくんなよ。
「もうこれは私のものです、はめるかどうかは私が決めますので指図される言われはありません。まぁ好みではありませんので却下ですが」
「なら夏絵さん、気に入らねぇんなら知り合いに貴金属買取店経営してる人いるんで紹介するよ。おいオッサン、保証書は?」
「家にあるけどって売る気なんかなつ?」
あぁそうしよ、あかりちゃん天才♪ だって受け取ったから私の物だも~ん。そうだそうだ、売っぱらっちまえ!
「選択肢の一つとして熟考させて頂きます」
「なつ、指輪やのうて気持ちを……」
「ならお返しします、本来不要なものですから」
私はそれを郡司君の前に差し出すが引き取ってくれない。売られるのはイヤ、だから返そうとしてやってんのに受け取らないってどうしたいのよアンタ?
「そのまま引き取るか保証書持ってくるか、どっちか選べ」
そのまま引き取って帰った方がラクよ、私は再度無駄にキラキラしてる指輪を突き付けてやった。郡司君……もうクズとかゲスとかでいいな、は渋々指輪を引き取り、物悲しそうに立ち去ったけど同情どころかキモいとしか思わない。
「「「……」」」
男性陣三名様は放心状態なんだかドン引きなんだかよく分からない表情なさってるわ。雨宮さんと水科さんがその表情なのは分かるけど、野村君までそれってどうなんだろう? 何ていうか口ほど頼りにはならないらしい。そういう意味では島っ子ぐっちーも頼んないけどコレよかマシだ。
「五条、コレが郡司のしつこさよ」
安藤も大人しくはしてたけどクズの行動に対しては大して意外にも思ってないみたい。
「この粘着質ぶりは端で見てても反吐が出るわ」
当事者だと殺意を覚えます、こんなことならあの時姉に轢き殺してもらえば良かったとすら思ってしまう。イカンイカン! あんなクズのせいで姉を前科者には出来ない!
「コレが続くとマズいわね、郡司にとっては禁じ手だけどここは私に任せてもらえない?」
「えっ? 任せるって?」
「言ったでしょ、『出来る援護はする』って。五条にとって悪い風には絶対にしないから……少しの間席を外しますね」
安藤はそう言うやいなやすっと席を立ってどこかへと通話を始めたようだ。この子こうと決めたら動きが早いな……私は安藤が男だったら確実に惚れるなと思いながら目の前の三人組を見ると、職業こそ立派だけど何だかハリボテ臭くて急にもっさく見えてきてしまった。
「夏絵さん、ボトル頼まない?」
「イイね、シェアしよ」
お母さん、今日も娘は男を見る目に失敗致しましたが、オトコマエすぎる女を味方につけることが出来ました……なんてことを思いながら、私たち二人は赤と白のワインのボトルと一本ずつ注文し、残りの料理をアテにしこたま飲んでやった。十分ほどして安藤も席に戻り、更にはスパークリングワインのボトルも追加して女だけで思いっきり飲み食いしまくり、三人はすっかり仲良くなりました。
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