cinqante-deux
んで女の密談を終えて給湯室を出た私は……そう言えば何か用があったようなで思い出した!
「あっ! 社長だ!」
おっと上司命令忘れるところだった。今日は一本早い電車で来たから始業にはまだ時間がある、今から行っても大丈夫でしょ。
「ちょっと席外すね」
私は経理課を出てエレベーターに乗り、最上階にある社長室に向かうと秘書課の女性社員がドアの外に立ってらした。
「すみません、経理課の五条です」
「お待ちしておりました、中へどうぞ」
彼女はドアをノックし、失礼しますと言ってから私を伴い中に入る。
「遅ぇ」
何でよ? 普段なら間違いなく居ない時間だろあんた。
『今日は何故か既に居らしてたんです』
秘書の方がこそっと耳打ちで教えてくださる。
「
社長の指示で彼女は一礼して社長室を出て行かれた。んでやたらと上等な椅子に座ってたホストはかったるそうに立ち上がり、人相の悪い顔で私を軽く睨んできた。
「ったくいつまで待たせんだよ」
「何言ってんです? 普段なら間違いなくいらっしゃらないでしょうが」
「おい、社長にケチ付けんのお前くらいだぞ」
「はいどうもすみません」
ホント面倒臭ぇ男だな。
「まぁ良いや、ところで春香の奴まだ国分寺とかいう男と付き合ってんのか?」
「えぇもうこっちが見てて恥ずかしくなるくらいのラブラブっ振りですよぉ」
もういい加減諦めろって、あんた人相悪いけど見てくれは悪くないんだからそれなりにはモテるでしょ。それに人類総恋愛対象なんだから選びたい放題ヤりたい放題だろあんたの場合。
「はぁ~何で俺じゃねぇんだよ」
「性根腐ってるからじゃないんですか?」
ってか常に数名のセフレをストックしてるような男絶対嫌でしょ普通。金持ってるだけにサクよりも質が悪い。
「あ”ぁ? お前に群がる男共ほど腐ってねぇわ!」
ミミズに関してはあんたにだって責任の一端はあるだろうが、満田に関しては……ぶちぶち。
「まぁ如月はこっちでみっちり監視しまくっておくからこれ以上の被害は出さねぇようにする、何かあってもお前なら実力行使で何とかなるだろ。それと満田は山陰地方に異動したし、大分毒も抜けちまったらしいからもう来ねぇだろう……で、こっからが本題だ」
座れ。社長は机の上に置いてあるノートサイズの封筒を手にしてから、中央を陣取ってるソファーを勧めてきたので私たちは向き合って座る。するとおもむろに封筒に手を突っ込んで中身を取り出したが、紙の束であること以外は何かはまだ分からない。
「三井からあらかたは聞いてるな?」
はい。会社の外で私の事尋ね回ってたってアレだよね。
「満田じゃないんですか?」
あ"ぁ? 人の話聞いてねぇだろと凄んでくるホスト。
「だったらわざわざお前をここに呼ばねぇよ。それにあいつん家は目と鼻の先、異動が無くてもそこまでアホなことしねぇだろうが」
「じゃ誰なんです?」
「それを今からお前に確認する、三井、椿、八木、東に土曜日集まってもらって男の特徴を聞いた上でモンタージュを作ってみた」
ほれ。社長は紙束の一番上のものを私に見せるようテーブルの上に置いた。私はそれに顔を近付けてよく見てみると……えっ? 嘘でしょ? 私はモンタージュ画像に言葉が詰まってしまった。
「……」
「どうやらコイツを知ってるみてぇだな」
知ってるも何も……私は目の前の光景そのものが信じられない。かと言って弥生ちゃんたちが嘘を吐いてるとも思えないし、東さんの特技を考えると信憑性はかなり高いとも言えるのだ。これは観念して正直に話した方がいいのか? でもやっぱり信じられないなぁ、そっくりさんかも知れないし。
「おい誰なんだそいつ?」
「と言われましても」
いやぁ憶測のうちに話してしまうのはとためらう私。
「まぁ黙秘するんはお前の自由だが昼には社内通知する、そこは変更無しだ。それと石渡組の警戒態勢が更に強まるんは覚悟しとけ、ミッツが黙っちゃいねぇだろ」
は? 何でそこでミッツが出てくんのよ?
「何変な顔してんだ?」
「いえ何故ミッツ?」
私は疑問を口に出しただけなのに社長には盛大なため息を吐かれてしまう。
「ったくどこまで鈍感なんだこの女」
「それどういう意味です?」
「言葉のままの意味だアホ。チッ、話題逸れちまったじゃねぇかよ」
それはむしろあんたのせいだろうが、私何もしてないぞ。けどこれホント彼に似てる、一度問い質してみた方がいいような……。
「おい、まさか思い当たる奴に事実確認取ろうって考え持ってんじゃねぇだろうな?」
うっ、バレてる。
「それは止めとけ、いずれにしてもお前が得られる答えは『知らない、俺じゃない』の一択に決まってんだろ」
「そんなの分かんないじゃないですか」
「人ってのはいざとなると案外汚ぇ生きもんだ、自分の身を守る為なら嘘も吐くし裏切りもする。それが良いか悪ぃかは別の話だが、変な善意を前に出して庇い立てしたところでお前は一文の得もしねぇ、むしろ損だ。お前にとってそこまでの価値がそいつにあるのか?」
「……」
「ならお前はじっとしとけ、必要以上のアクションを起こさねぇことだ」
もういいそ。私はゆるゆると立ち上がり、多少のショックを引きずったまま経理課に戻った。
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