カタリィとリンドバーグの作品紹介集
居間正三
きっかけ
想像から創造されたぼくたちは
人の目には見えない、インターネットの電子空間の内部。
0と1の
小説投稿サイトの一つ、「カクヨム」で、とある男女が生まれた。
男の子の名は、カタリィ・ノベル。通称カタリ。
世界中の物語を救う、というなんとも壮大な使命を帯びてはいるが、本人はいたって普通の活発な少年である。
女の子の名は、リンドバーグ。通称バーグさん。
カクヨム内の作家をサポートするAIであり、笑顔を忘れないことを信条としている真面目な少女だ。
カタリィには、「世界中の物語を救うと共に、人々の心を救う究極の物語『至高の一篇』を探す」という目標がある。
リンドバーグには、「自分なりに考えてカクヨム内の作者を支援していく」という目的がある。
どちらもそれを「やるべきこと」と認識し、電子空間の中でたゆたいながら、実行に移すことにした。カタリィは、「物語を探す」という目標のためにカクヨム内の作品を読み漁り、リンドバーグは「自分の考えをまとめる」という目的のために、自分の在り方について考察していた。
そんなある日のこと。
「お帰りなさい。カタリ」
「あー、疲れた」
リンドバーグの元に戻ってきたカタリィが、肩を落としてぼやいた。
カタリィはいつものように小説を読みに様々なユーザーのマイページに出向いたのだが、今日は少し様子がおかしい。いつもならば「なあなあ聞いてくれよノベルさん! こんな物語があってさあ!」と楽しそうに語るのだが、今は目を伏せて、心なしか意気消沈している。
最近のカタリィは、やっと活字のよさがわかってきた、とリンドバーグに意気揚々と話していただけに、どうも不審である。
「珍しいですね。いつもはうるさいくらいなのに」
「悪かったね。毎度毎度、騒がしくてさっ」
「別に悪いなんていっていません。何が悪いのか教えてください」
相変わらず
「ふふっ、悪くはないよ。それでこそバーグさんだ」
「私はいつも通りですが、カタリは違うようですね。何があったのですか」
「……嫌な作品を、読んじゃってさ」
カタリィのいうところによると、今日読んでいた作品の中に、読むのが苦痛になるものがあったらしい。それは文章や構成の「下手さ」や、内容の「つまらなさ」とは一線を画す、明らかな「悪意」であったそうだ。
「バッドエンドとかなら、僕はそういう結末もあるからいいと思う。誤字脱字も少しくらいならいいし、もしも内容がつまらないと感じたとしても、それは僕の感性や知識の少なさが問題かもしれないから」
「自己評価が的確ですね。バカなりに」
「飴と鞭の鞭が強すぎませんかねえ!?」
「無知だけに? あらお上手」
「ああもういいや。とにかく聞いてね」
「わかりました。どうぞ」
リンドバーグに促されたカタリィは、息をのんでから、しばし黙った。
そして、口にするのも嫌なのか、おずおずと口を開いた。
「せっかく生まれたキャラクターが『活かされてもないし愛されてもいない』っていうのは、ちょっと耐えられなくて」
カタリィが読んだ作品は、一人のキャラクターを現代的な不幸に貶めることによって成立している作品だった。それだけならば、一つのドラマとして、後味が悪かろうが何だろうが許せただろう。
しかし、その文章は冷たい
「なるほど、もしも自分の不満を表すためだけに特定のキャラクターを生んだ、と仮定すると、そのキャラクターである必要はないですね」
「そうだよね。だって書いた人からすれば、誰でもいいんだから」
肉体的特徴、精神年齢、行動の傾向、性格、趣味、家族関係……、唯一無二の存在として生まれたはずのキャラクターは、別にその設定でなくてもいいと本人が理解してしまったら、どれだけ悲しむことだろう。
「僕も同じく人の想像から生まれた『キャラクター』だから、色々と思うところがあるんだよね。キャラクターが大事にされていないのは、つらいっていうか」
「私もです」
実は私も自分の存在意義について、似たようなことを考えていました、とリンドバーグはいう。
「私は、文章作品を手掛ける人を応援する存在として生まれました。しかし、もしも私が誰からも大切にされずに、ついに完全に忘れられてしまったら、私が生まれた意味はあるのでしょうか?」
「……」
カタリィは答えられなかった。
いつもならば、「あるに決まってんじゃん!」と肩を叩いて励ますところなのだが、今日はそうもいかない。自分たちが誰からも大切にされずついに忘れ去られてしまう、という
「意味、かあ」
「はい。生まれた意味についてです」
二人はしばし沈黙した。カタリィは腕を組み、リンドバーグはホテルマンのように手を前に合わせて、考えにふける。
やがて、カタリィが呟いた。
「意味は、あると思う」
「結論に至った過程をお話ください」
「どういう形であれ、その人に必要とされたから、必要とされて思いついたから、僕たちは生まれたんじゃないかな。だったら、きっと意味はあるんだよ」
「それは、さっきカタリが読んだ小説の主人公にも、同じことがいえますか」
「いいたくないけれど、いうべきだよ。そりゃあ、せっかくこの世に生まれたキャラクターがぞんざいな扱いを受けるのは、悲しいし、苦しいよ。でもさ」
カタリィは目を細めて、眉間にしわをよせた。
苦々しく、それでも真っ直ぐいいきる。
「それでも誰かに望まれて生まれたなら、全力で応えるのが、僕たちの仕事じゃないかな」
「その先に、傷つくことや捨てられることや忘れ去られることが、待っていたとしても?」
「うん。それでも」
カタリィの左目が、覚悟を決めた己の意思に反応して、サファイヤのように輝いた。どんなことがあっても、揺らがせてはいけないものがある。
二人の場合は、かせられた「使命」とやらが、そうであろう。
使命を叶える願いを言葉に込めて、心が熱くなってきたカタリィの語調が、多少荒くなった。
「求められたことを背負って進む。それが、想像から創造された者の存在意義なんだよ。僕たちの生まれた意味も、きっとあるよ!」
「……カタリは強いですね。バカですが」
「だーかぁーらっ、鞭が強いっての」
せっかくいいことをいったのに、この返答。ふてくされてそっぽを向いてしまったカタリィの頭を、背伸びしたリンドバーグがそっと撫でた。
「よしよし、カタリはすごいですよ」
「わわっ、子供じゃないんだから」
「アニメや漫画ばっかり見ていては、説得力がないですね」
「たくさんの人を敵にまわしそうな発言禁止!」
「なぜ禁止しなければいけないのかわかりません。どうしてなのか……」
「そこはわかれや!」
あーだこーだと揉めること数分。
冷静なリンドバーグとは対照的に、肩で息をしているカタリィは目を閉じて首を横に振った。自分で顔を二回たたいて気合を入れる。
「よっしゃ、元気出てきた。また読んでくるわ」
「今度は私もついていっていいですか? 実際に投稿作品を読んでみないことには、著者への指摘も応援もできません」
「もちろんだよ。ほら、一緒に行こう」
「……ねえ、カタリ」
「うん?」
「今度の物語は、楽しめるといいですね」
「ふふっ、行けばわかるさ!」
手を取り合う二人は、新たな作者の元へ向かう。
物語を救うこと。救われる物語を探すこと。作者自身を救うこと。
「救い」の願いに応えるために、世界に一つだけの個性の色彩を帯びたキャラクターが、電子の空を飛んでいく。
――もしかしたら彼らが探している答えは、これを読んでいるあなたが書いている作品の中にあるのかもしれない。
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