第三章 8.

 聞けば、元いた国はもっと南方にあり、農耕を行うことが可能な地域だった。

「しかし、人が集まれば、誰かが虐げられるのは人の常です……そして私たちは、肌の色が異なった」

 それは、果たして本当の理由と言えるのだろうか。実際には、理由などどうでもよかったのではないだろうか。いずれにせよ、肌の白い人々は住み家を奪われ、国を追われるようにしてやってきた――この、山と森に挟まれた場所へ。

 だが、そこにも《敵》がいたのだ――人々とは異なる魔法を操る、魔物が。

 魔物の行動原理は、未だによく掴めてはいない。が、ある意味で猛獣と似た部分があることは間違いなかった。それはすなわち、彼らの生活を脅かさないこと。それから、魔物を前にして魔法を使わないこと、だった。

「……その後も、魔物の研究は進められていますけど、まだまだ、原因ははっきりしていない面があります。さっき言った二つを守っていても、魔物が襲いかかってくることは、ままありますから」

 そのために専用の軍隊を作り国の防衛に使っている、ということもティセは説明した。トウヤはぼんやりと、ティセの言いたいことが分かる。

「つまり、どこに行っても《敵》はいるんだから、戦い続けろって言いたいわけだ……」

「そうです。自然が……魔物を、自然の一部と考えるなら、ですけど、自然すら敵になっても、私たちの国は抵抗を――言い換えれば、復讐を止めなかった。確かに、復讐という言葉は、悪い印象が強い言葉です。でも、それは印象に過ぎないんじゃないですか? どんな道具や魔法だって、使う人間の心次第じゃないですか。それと同じで、正義の復讐だって、あるはずです。私は、私たちの国は、そう信じてここまでやってきました」

 ティセの瞳は、夜空の星を一粒零したように力強い。そして星は、小さな光の粒に見えて、その実巨大な質量だ。強い引力を持つその星から、逃げることは容易ではない。

「トウヤさんが言いたいこと、分かります。復讐を果たしても、人が生き返るわけじゃない。それはその通りです。でも、その魔法使いは戦争を起こして、たくさんの人々を殺そうと考えている。もしそれを、トウヤさんの《復讐》が食い止めたのなら、それはとても価値のあることなんじゃないですか?」

「少なくとも、自分と同じ思いをする人を救える――そう考えるだけで、なにもしないよりもずっとましだと、私は思います」

「それに、こんなところでいじけているトウヤさんを、彼女が望んでいるんですか?」

 矢継ぎ早な問いかけ。それら一つ一つに、全身を蝕まれるような痛みとともになんとか反論しようとして、そして、ティセがすでに眠ってしまっていることに気が付いた。

(ずるいな……)

 言いたいことを言って、疲れたからとさっさと寝てしまう人物を、トウヤは知っていた。その姿が、今のティセにフラッシュバックしたのであろう――トウヤの視界を潤ませる涙の正体は。

「……戦って……」

 それはきっと、寝言だったはずだ。しかし、夢とも現とも分からないながらも、ティセはトウヤを、懸命に鼓舞していたのだ。

 ず、と鼻をすする。涙を拭い不意に見た窓の外は、吹雪が一層その勢いを増していた。

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