第三章 1.
窓の外は、風と雪が暴れ回っていた。
立て付けの悪い扉と、窓を覆う雨戸が、その寒さに震えている。その耳障りな騒音を聞きながら、トウヤはタオルを絞って水気を切っていた。
濡らしたタオルをティセの額に載せる。どういうわけか雪の中に飛び出していった彼女が、熱を出したのは昨晩のこと。日課どころではなく、トウヤはほとんど眠らずに看病していたのだが、熱は一向に下がる気配を見せなかった。仕方なく、ティセに意識がないことを確認して、召喚魔法で解熱剤を呼び出して飲ませたのが、一時間ほど前。この世界にはそれに類する薬品は存在しないらしく、たちまちティセの息遣いは静かなものとなった。しばらくすれば、目を醒ますだろう。
「…………」
トウヤはティセの寝顔を見て、そして余計な干渉だったか、と自問する。
病気や怪我で生き物が死んでいくのは、自然の摂理だ。病気や怪我に悩まされない、健康な個体こそ、自然の中で生きる資格を持つ者のはずである。
それを、薬や治療、果ては外科的な手術などまで用いて生き存えさせるのは、自然に対する反逆行動ではないのだろうか。ましてや、死ぬ運命にあった者を、周囲が悲しみたくないからという理由で延命させるのは、本人にとっても苦しいはずだ。そう――彼女は、言っていた。
トウヤは、病気で弱っている女を見るのが苦手だった。
――彼女を、思い出すから。
トウヤは魔法使いであったが、少女の病を魔法で治療することはできなかった。彼にはその回線は開いていない。トウヤに与えられたのは、ただ何かを『呼び出す』という魔法だけだった。
トウヤの用いる召喚魔法は、およそあらゆる物体を呼び出すことが可能であるらしい。元の世界で、同じく魔法使いである女(トウヤはその女を《先生》と呼んでいた)が、興味のない鉱物の話でもするように言っていた。
『あんたの魔法、基本的に何でも呼び出せる類のものね。でも、どうしてだろ、「生物以外」って制約が掛かってるみたい。理由は、私にも分かんないけど』
生物以外、という制約は比類なき汎用性を持つものだと、《先生》は言っていた。なにせ、過去に存在した《記憶》という概念ですら呼び出せるのだ。破格の魔法と言って、まず間違いなかった。その特性を理解し、さらに特化させる訓練を受けた後には、他に類を見ない戦闘能力、戦闘手段を持ち得ることができるだろう。無尽蔵な武装を持つと言うことは、それを繰る者が疲弊し、消耗し尽くすまで戦い続けることができる、ということなのである。
ただ、それだけだ。
ここではないどこか、あるいは別の時間軸から何かを呼び出したからといって、少女の病を癒すことなどできない。破格の魔法を以てして、トウヤには彼女を、ひたすら見守ることしかできなかった。
……吹雪は、弱まる様子を見せない。無力なトウヤを責めるように、がたがたと小屋全体を嬲っていく、吹雪。
樹が生い茂った森の中、いくら小屋の周囲が切り拓かれているからいって、これほど吹雪いているのだ。森の外は、さらに酷いことになっているのだろう。
「、んぅ……」
不意に、ティセが声を上げた。表情を伺うが、そこに苦悶の様子はない。ぼうっとした意識の中で夢現を彷徨っている、そんなところだろうとトウヤは当たりを付けた。
ティセの手が、掛けられたシーツを押し退けてベッドの外に這い出してくる。暑いのかも知れない。が、ここで体を冷やしては元も子もない。トウヤは彼女の、白く小さな手を掴み、ベッドの中に戻そうとし――
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