少年は夜明けを待つ
薄明るさを感じてロムは目を開けた。
夜明けまで仮眠を取ろうと三人で横になったけれど、ロムだけは殆ど眠る事ができなかった。
ため息をついて起き上がり、わずかに雪が残る赤茶色の荒野を見渡した。台座のような山々にも緑はなく、人どころか生き物は全く見当たらない。
そういう場所を選んで飛んできたのだけれど、少し寂しさを感じた。
東の空を見ると、地平線が明るく色付いている。もうすぐ太陽が顔をのぞかせるだろう。
二人を起こそうかな、まだ早いのかなと迷っていたら、トールが片肘をついて上半身を斜めに起こした。
「眠れぬのか? 寒いかの……?」
心配されたと思って首を横に振った。目にクマでもできてるのかなと、隠すように擦った。
「そんな事ないよ。魔法、よく効いてるし」
そうかと呟いてトールが再び寝転がったので、ロムは慌てて声をかけた。
「もうすぐ日の出だよ? そろそろじゃないの?」
「完全に日が昇るまでは待たねばな。黄昏と暁の刻は失敗りやすいでの」
「でも、アイラスは夕方に……」
「妖精の輪は別じゃ。アレは常世を経由するの、じゃからな……」
あくび混じりのセリフを吐いて、トールは反対向きに寝返りを打った。
ロムは再び息を吐いて、白銀にもらった懐中時計を取り出した。
針が示すのは今居る地の刻ではない。帝国のそれを刻んでいる。右回りに緩く進む短針が二度目に真下を指す頃、アイラスが妖精の輪から出てくる。今はまだ左上を指していた。
——『知識の子』を見くびらぬようにね。
旅立つ前の白銀のセリフが蘇った。
「どういう意味ですか?」
「あの子が、この方法を知らないとは思えないからね」
「知ってたなら、なんで時間のかかる輪を使ったんですか?」
「未知の地へ何の導きもなしに飛べるほど、魔法は便利ではないよ。あの子はクロンメルに近い森で生まれ、そう遠くへは行った事がないのだろう?」
「じゃあ、今、俺達が飛べるのは……?」
「トールに『行った経験』があったからだよ。たまたま、運良く、ね」
「綱渡り、みたいですね……」
「そう、足元は君が思うより不確かだ。油断をしてはいけない。あの子の命は、あの子にとっては軽く君達にとっては重い。君達の方が窮地に立たされているのだよ。肝に銘じておきなさい」
そう言って渡された懐中時計を握りしめた。
アイラスより先に着くのは確実としても、先手を取れるとは限らない。
彼女が輪から出てくると、トールとはお互いの存在がわかるとの事だった。先回りした事も、すぐにバレてしまう。
それを知ったアイラスは、一体どう動くだろう。
彼女の性格を考えると、ザラムの頼みを反故にはしないと思う。それなら少しは猶予がある筈だ。
一刻も早く見つけるには、どうすればいいんだろう。
遠視の魔法がどんな仕組みなのか、ロムはよく知らない。鳥のように空から見下ろす感じと聞いた事があるけれど、物陰に隠れても見つけられるのだろうか。
そういえば、街に入った魔法使いはニーナが把握できると言っていた。事情を話せば協力してもらえると思う。
でも待って。アイラスだって、それを知っているはずだ。みすみす街の中に入るだろうか。
みんなの記憶を戻すため、街に入るのではと考えたところで、また疑問がわいてきた。
なんとなく、あの魔法は近くで使うイメージを抱いていた。前に使った時がそうだったからだけど、もしかして遠距離使用も可能なんだろうか。
仮にそうだとしたら、捜索の難易度が跳ね上がる。トールとアイラスの繋がりは方角しかわからない。
アイラスが念話に応じれば正確な位置がわかるらしいけど、それは到底期待できない。彼女は逃げているのだから。
魔法の知識が曖昧なせいで、細かな対策が練れなかった。一人で考えても思考がまとまらない。後で二人と相談してみよう。
「そろそろ、行ける」
ぶっきらぼうに声をかけられ、ハッと我に帰った。太陽は完全に顔を出し、辺りはすっかり明るくなっていた。
そんなに長く考え込んでいたのかと、手を開いて懐中時計の文字盤を見た。長い方の針が、かなり回っていた。
「焦らずとも、まだアイラスは常世の中じゃ」
「べ、別に、焦ってなんか……」
咄嗟に否定したが図星だった。誤魔化すように話題を変えた。
「アイラスが輪から出てきた時のことを考えてたんだ。あのね……」
「話、後。まず、飛ぶ」
「どの道、わしらだけでアイラスを捕まえるのは難しい。クロンメルで助け手を募らねばな。皆で対策を考えよう」
何一つ反論できなくて、ロムは面白くない気持ちでトールに手を差し出した。こうやって、魔法に関する全てを頼らなければならない事も情けなかった。
こんな自分に、アイラスを助ける事ができるんだろうか。
弱気な気持ちが湧き上がってきて、打ち消すように頭を振った。
すぐに、転移魔法に伴う光が視界が埋め尽くしていった。
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