少年は直視できない

「……ねえ」




 小声でレヴィに声をかけたけれど、顔は向けてくれなかった。

 聞いていいのか悩みながら、おずおずと口を開いた。


「……その、名付け親? の魂って、この後……どうなるの?」




 返事は返って来なかった。あまり良い結果にはならないのかもしれない。レヴィが口に出すのを躊躇するくらいには。






 長い沈黙の後。いや、そんなに長くはなかったか。とにかく、ようやくレヴィが重い口を開いた。


「残留思念を消したら、勝手にアールヴヘイムに旅立つさ」


 待った割に返答は短かった。こうなるとレヴィは中々話さない。少なくとも、自分なりに答えを出さない限り、それ以上は教えてくれない。


 魔法に関する事ならわからないんだけどな。内心そう愚痴りながら考えた。




 残留思念なら何度か見たことがある。人の強い想いだったか。保護区でトールが見せてくれたのは、管理人の思念だった。

 本人の生死に関係ないのだから魂とは別の力で、魔法使いではないのだから魔法でもない。それが今、魂の輪廻を妨げている。




 あれ、と思った。

 何度か見た事がある? 自分の思考に自分で疑問を抱いた。残留思念という物を見たのは、それが初めてではなかった。と、思う。思うけれど、それ以外に思い出せなかった。






「ロム?」


 レヴィの呼ぶ声で我に返った。慌てて首を横に振った。


「な、何でもない。とにかく、その人はトールの事が心配だったんでしょ? 今は大丈夫だって、伝え……」


 レヴィの顔色が変わった気がして、言葉は最後まで紡げなかった。何も知らない自分を責められているような気がした。




 何がおかしかったんだろう。自分の発言を振り返っていると、レヴィが小さな声でゆっくり話し始めた。


「何か勘違いしているようだが……魂は肉体を動かすための鍵のようなものだ。それ自体には記憶も思考もない。想いだけが、呪詛のように魂を縛っている」

「え……じゃあ……?」

「そうだ。消すしかねえ」




 ハッとして、まだ泣いているトールを見た。

 彼もそれを理解しているのか。彼を想ったが故に現世に取り残されたのに、その想いは消す事しかできない。




「どうすることも、できないの?」

「俺が知る限りじゃあ、方法はねえなぁ……」


 そう言って、アイラスに顔を向けた。

 そうだ、彼女なら?


 ロムも期待を込めて、彼女を見た。

 視線に気づいたか、アイラスが顔を上げた。そして、困ったように笑った。




「さぁトール。彼女を帰してあげようヨ」


 トールは勢いよく、首を横に振った。


「大丈夫だヨ。あの人の想いは消さないから」

「……しかし……それでは、あやつの魂が……」

「未練を晴らすんだヨ、トール。今、トールは一人じゃないでしょ? それを伝えるノ。そうしたら、安心して旅立てるから……」




 やっぱり。アイラスは解決する術を持っていた。嬉しくてレヴィを見たけれど、彼女の口元は一文字に結ばれていた。


 トールの肩の震えが止まり、顔を上げた。目は見開かれ、驚きのあまり声が出ないようだった。

 溢れていた涙は止まって、最後に一滴だけ流れ落ちた。




「あの人の記憶と心を、一時的に私の中に入れるノ。だからトール。あの人の未練は、トールが晴らしてあげてネ」




 ロムの隣で、今度はレヴィが身体を硬らせた。


「ダメだ! 何言ってんだ!? 乗っ取られたらどうすんだよ!」


 今度はロムが驚いた。


「乗っ取られるの? トール、この人は乗っ取るような人なの?」

「い、いや。そんな事は……」

「トールの言葉じゃあ信用できねぇな。大好きなママを疑うやつは居ねぇだろ」

「なんじゃと!?」

「ちょっと二人とも、落ち着いてよ」




 大きなため息が聴こえた。アイラスだった。


「レヴィが心配なら、保険をかけておくネ」


 彼女はスケッチブックをパラパラとめくった。白紙のページを探している。もうあまり残っていないように見えた。


 最後の方で何も書かれてないページを開き、そこを破り取った。閉じたスケッチブックの上にそれを載せ、炭で何かを書き始めた。

 書き上がったモノをレヴィに見せ、どう? と言うように首を傾げた。


 レヴィに続いてトールが紙を覗き込んだが、その視線を遮るようにレヴィが奪い取って裏返した。


「てめえは見るんじゃねえ」

「そこまで信じて貰えぬのか……」

「たりめえだろ。アイラスの命がかかってる」




 レヴィがアイラスに手の平を差し出し、小さな手から小さな炭が渡された。それを握りしめ、レヴィが皆を見渡した。


「危ないと感じたら、俺の判断でこれを発動する。いいな?」

「いいヨ」

「一体どんな魔法なんじゃ……」

「心配しないで。トールはこの人を信じてるんでしょ? それなら絶対、大丈夫」


 アイラスが皮袋から別の炭を取り出し、またスケッチブックを開いた。何か書くのかと思ったけれど、すでに書き込まれたページだった。






 魔法は用意されていた。

 それは彼女が、この事態を予測していた事を意味する。この少女は見た目より大人で、皆が思うより賢い気がした。


 こっちの企みなんて、全てお見通しなのかもしれない。魔法の知識だって随一で、彼女が本当に在るべき場所に帰りたいのなら、それを止める事は難しいのではないか。




 色んな事が頭の中を巡り、無意識に視線は足元に落ちていた。

 トールの望みを叶える魔法が始まるというのに、自分だけ気分が沈んでアイラスを直視できなかった。

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