少年は嫌な役回り
ソウルイーターの根城周辺には、地脈が強い? よくわからないのだけど、転移可能な場所がないようだ。
根城自体へは可能らしいが、正体がはっきりしないのに鉢合わせるのは危険で、少し離れた場所に降り立っていた。目的地まで、徒歩で丸一日程度の距離だった。
「それで、どうすんだ? リーダー様?」
陽が傾き、薄暗くなりかけた森の中で、レヴィが楽しそうに言った。こちらとしては全然楽しくない。
「ちょっと……そういう言い方は止めてよ」
一番後ろを歩いていたレヴィを、振り返って睨みつけた。効果はなく、トールとアイラスも笑っていて、面白くないのは自分だけだと悟った。
今回のソウルイーター討伐は、ロムがリーダーという事になっていた。討伐メンバーを冒険者ギルドに提出しなければならず、書類上リーダーを決める必要があった。
この中では実力者のレヴィが妥当なのに、ロムのランクアップ条件にリーダー経験が必要だという理由で、押し付けられてしまった。
討伐対象が専門外で、対策についてはニーナも交えて決めてある。だから、すべき事は進退の決定くらい。今は、どこで野営をするかという話になっていた。
ロムは肩から荷物を下ろし、高い木に登った。周囲を確認し、野営可能な場所を探した。
「どうだ?」
「この先の河原に、少し広いところがあったよ。高さがあったから、増水しても水は来ないと思う。天気も、今夜は大丈夫じゃないかな」
「まだ歩くノ?」
「あと少しだよ」
「具体的に、あと何分?」
「え? えーっと……1時間、くらいかな……」
答えながら、アイラスを様子をうかがった。がっくりと肩を落とした彼女は、いつものようなスカートではなく、動きやすい男物の服を着ていた。
旅慣れてないし、森を歩いた経験も少ないように見える。朝から歩き詰めで、相当疲れているようだった。
「わしの背に乗っていくかの?」
「いいノ?」
「待てよ。鞍もねえのに落ちるだろ。ロムも一緒に乗ってやれよ」
「え、俺?」
思わず、アイラスと目を合わせた。大きくなった目がぱちぱちと瞬いている。黒い目が綺麗だった。
「俺と一緒でも、いい?」
「う、うん……」
「めんどくせえな。他に選択肢はねえだろうが」
巨大な虎になったトールが寄ってきて、目の前にしゃがみ込んだ。先にその背にまたがり、アイラスに手を伸ばした。
そっと差し出された手を掴み、引っ張った。
手はとても冷たかった。普段身体を動かさない人は、身体の末端が冷えやすいらしい。
アイラスを前に座らせ、後ろから彼女の前へ手を伸ばした。その手を包み込むように、自分の手を重ねた。
柔らかい黒髪が、トールの歩みに合わせて揺れて、ロムの顔をかすめた。
甘い花の香りがした。
ニーナの館にある石鹸は、花の香りがする。同じ物を自分も使っているのだけど、アイラスから香ってくると別物な気がした。
「あ……あの……」
「……えっ、何?」
急に声をかけられて、心臓が飛び出る思いがした。自分の邪な思いを見透かされたかに思えた。
「……手」
「あ、ごめん……嫌だった? 冷えてると思って……」
「嫌じゃ、ないけど……手が使えなく、なるから……。どこかに掴まらないと、落ちちゃいそうで……」
「手じゃないよ。足に力を入れて、背を挟むようにするんだ」
「む、無理だヨ〜……」
「うーん……じゃあ、たてがみに掴まるとか?」
「痛くないかな……」
「馬だったら、たてがみが生えているとこは脂肪で痛くないんだけど、虎はどうなのかな。本人に聞いてみてよ。念話は使えるんでしょ?」
「うん……」
黙り込んだアイラスは、すぐに微笑んで顔を上げた。
「大丈夫みたい」
「じゃあ、俺は離すよ? 自分の力で乗ってみてね。落ちそうになったら捕まえるから、心配しないで」
「トール、走っていいぞ」
全員分の荷物を軽々と持ったレヴィが、意地悪そうに言った。虎が走ったら、その背は馬より激しく揺れる。アイラスが耐え切れるわけがない。
抗議しようと思ったけれど、レヴィはもう走り出していた。それを追うように、トールが脚を早めた。
アイラスが小さな悲鳴をあげて、ロムにしがみ付いた。
それを支えながら、何か違和感を感じていた。
いや、既視感だ。前にも似たような事があった。
虎の背には、初めて彼に会った時と、物見塔に行った時に二回乗って、今回が四回目。
初めての時は、トールと一緒に野生の虎に乗った。彼は、なぜ乗っていたんだろう。わざわざ野生の虎を捜して乗るより、自身が虎になった方が早いように思う。
あの時は、魔法の失敗で生み出されたゴーレムに追われていた。トールなら、自分で始末できそうなのに、なぜ逃げていたのか。
何か理由があったはずだ。手が離せない理由が。
「見えてきたな!」
レヴィの叫びで我に返った。さっき木の上から見た河原が、目の前に広がっていた。
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