少年は眠れない
「……あの、ありがとう……」
予想外の言葉に、すぐ返事が出来なかった。怒られるかと思っていた。いや、悪い事を想像していたのは自分だけだ。
だとしたら、今の言葉はペンダントの礼だと思い当たった。
「それならレヴィに言って。あの人がお金を払うんだから」
「そうだけど……方法知ってたのは、あなた……だし、連れてきて、くれたし……」
「うーん……」
教えたというより、白状させられたという方が正解なのだけど。そう思うと、少し顔が緩んだ。
もしかしたら、脅迫した事を申し訳ないと思っているのかもしれない。謝る代わりにお礼を言いたいのかも。
こちらとしても、感謝された方が気持ちがいい。だから精一杯の気持ちを込めて、アイラスに笑いかけた。
「そうだね、どういたしまして」
パッとアイラスの顔が赤くなった。えっと思っている間に、彼女は自分の頰を両手で隠してしまった。
そのまま先に立って、足早に歩き始めた。道を覚えてるんだろうか。
慌てて追いかけたけれど、彼女は二度と顔を向けてくれなかった。
もっとゆっくり帰りたかったし、話もしたかったのに。何が悪かったんだろう。考えたけれど、よくわからなかった。
館に戻ると、トールが嬉しそうに駆け寄ってきた。ソウルイーター討伐の準備が、全て整ったとの事だった。
討伐へは、翌日に出発する事になった。
早く行きたいとは思っていたけれど、いざ行くとなったら不安になってきた。ソウルイーターの中から、アイラスに合う魂が見つかる保証はない。
——もし、見つからなかったら……。
冒険者ギルドを通じて出した依頼も、アイラスが調べた結果を考えると、達成されないと思った方がいい。
ロムは悪い想像ばかりして、中々寝付けなかった。ようやく眠れたと思ったら、その不安が夢に出てきた。
目を覚まさないアイラスの夢を見て、夜中に飛び起きた。
暗い部屋の中で、動くものは無かった。
わずかに月明かりがさす窓辺を見た。質素な机と椅子がある。ケヴィンが夜間の護衛をしていた時、使っていたものだ。今は誰も居ない。
部屋に居るのは、今は眠っているアドルとザラムだけ。トールはアイラスと一緒に寝るようになっていた。
ようやく夢を見ていたのだと気付いて、ロムは大きなため息をついた。全身を嫌な汗が伝っていた。
汗はすぐに冷えて、全身に震えが走った。それでも、再び布団に潜り込む気になれなかった。
「どうしたの? 眠れないの?」
不意に声をかけられて、顔を上げた。アドルも同じように上半身を起こしていた。暗い中で目を凝らすと、表情は随分と穏やかだった。
その余裕のある顔に、なんだかイライラした。
自分の心が狭い事はわかっていた。だから眠いふりをして、ボソボソと小さな声で答えた。
「……大丈夫。嫌な夢を、見ただけ……」
無理矢理絞り出した声は、自分で思うよりずっと暗かった。
恥ずかしくてうつむいていたら、アドルの近づく足音が聞こえてきた。
「ロム、心配しないで。ソウルイーターが、最後の手段ってわけじゃないんだから」
「……どういう事? 他にも方法があるの……?」
「う~ん……それはまだ、見つかっていないけどね。多分、大丈夫」
その謎めいた物言いは、ホークにそっくりだった。さすが兄弟というべきか。端正な顔が鮮明に浮かび、余計に腹が立ってきた。
何も答えないでいたら、アドルがベッドの縁に腰かけた。
「そんなに怒らないで。討伐に行く前に、余計な心配をさせたくないだけだよ」
夜目は効かないくせに、なんでわかるんだろう。いや、アドルはマイペースだけど察しはいい。むしろ、その天然っぽさは演技ではないかと思う程だ。
どのみち心の内は読まれている。申し訳なく思ったけれど、弁解もできなかった。
「ソウルイーターで被害が出ている以上、討伐はしなきゃいけない。その過程で、僕達の目的が達成できれば良し。できなくても焦らなくていいから。戻って、調査を手伝って欲しいんだ」
「それって、ザラムと一緒に調べてるやつ?」
「うん、そうだよ。ね?」
自分以外の誰かに同意を求めたように聞こえ、驚いてベッドの反対側を見た。暗闇の中、真っ黒なザラムが立っていた。音は無く、気配も感じなかった。ホラーか。
「ロム、不安?」
「そりゃあ、まあ……」
「寝れない? 一緒、寝る?」
「だ、大丈夫だよ。子供扱いしないで」
「オレの、半分以下」
「ザラムのそのなりで言われても、説得力がないよ……。アドルも笑わないで!」
「いいじゃん。ここ、僕達三人だけだし。全員で一緒に寝ようよ」
「えぇ!? や、やだよ。狭いし……。アドルは知らないかもしれないけど、ザラムは寝相が悪いんだから……」
「……悪い?」
「すごく! 悪いよ! 何度、蹴られたことか……」
アドルはお腹を抱えて笑っていた。ロムの不安な気持ちは、いつの間にか消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます