少年と頑なな少女

 黒髪の少女がパッと顔を上げた。焦燥が読み取れた。トールの事は心配していたようだけど、あまり仲は良くないんだろうか。

 ここで喧嘩が始まると面倒なんだけど。そういう事は、せめて馬宿に着いてからにしてほしい。




 ため息をついて、二人の間を遮るように割って入った。


「とにかく、行こう。はい、どうぞ」


 少女の前に、来た時と同じように背中を見せてしゃがんだ。

 動く気配を感じないので、後ろをチラリと見た。モジモジしている。面倒くさくて、またため息が漏れた。


「急いでるんだから、早くして!」

「色々と想定外すぎるヨ……」

「は?」

「……何でもない」




 渋る少女を背負って立ち上がると、トールが目をまん丸にしていた。何をそんなに驚いているんだろう。


「どうしたの?」

「い、や……何も……問題、ない……」


 どう見ても、何かある顔だった。本当に嘘をつくのが下手だなあと思って、変わらないその様子に笑みが漏れた。




 ザラムは何も言わずに、歩き始めていた。彼の態度も、いつもより冷たい気がした。ロム以外の三人が全員、何かしら変だった。妙な空気を感じる。ロムには訳がわからなかった。


 とにかく今は、馬宿に行くしかない。あれから何日経っているのかすら、今はわからないのだから。






「のう、ロム……」


 歩きながら、トールが遠慮がちに話しかけてきた。途端に背中の少女の身体が強張った。そういう態度だと、返事をしていいかどうか迷ってしまう。

 悩んでいると、もう一度声がかけられた。


「ロム、わしは一体……どうなったのじゃ? 死を覚悟したのじゃが……」

「トールは、アールヴヘイムでの事を覚えてないの?」

「……アールヴヘイム!?」


 トールがハッとなって後ろを振り返った。中腹まで白くなった高い山が、夕日に照らされていた。




「……銀の山か!」

「そうだよ。トールの魂を取り戻しに行ってきたんだ」

「では、わしは……息絶えた後に、蘇ったのか?」

「そう……なるのかな。俺には、その辺の事は良くわからないけど」




 ロムは、トールを助けたのは黒髪の少女だと思っている。

 もしかして彼女は、それを知られたくないんだろうか。心の底では好いていても、表面上は嫌っているような態度を取っているのかもしれない。そういうの、なんて言うんだっけ。


 トールを見ると、顎に手を当てて考え込んでいる。背中の少女も静かだった。




「では、その前はどうじゃ?」


 しばらくして、またトールが探るように話しかけてきた。意図が掴めない。


「前って……悪魔に襲われた時?」

「お主とわしと、他に誰か、おらなんだか?」

「他……? ……ああ、あの悪魔は先生だったよ」

「あやつじゃったか……。通りで、手強いはずじゃ」


 トールが自傷気味に笑った。彼が起きてから初めての笑顔で、少しホッとした。

 安心したら、口が軽くなってきた。


「トールも、よく俺の居場所がわかったよね。館に行きたかったけど、どうやって行けばいいかわからなかったんだ。迎えに来てくれて、本当に助かったよ」

「あ、ああ……そうじゃな……遠視の魔法が、あるでの……」




 怪しい。凄く不自然だ。何かを隠している。一体何を?

 詮索しかけて、思い直して考えるのを止めた。知られたくない事を、無理に暴かなくてもいい。悪意があるわけが無いのだから。




 トールは黙り込み、ロムもそれ以上聞かなかった。その後は全員無言のまま、歩き続けた。

 静かすぎて、居心地が悪かった。でも、ザラムは口数が少ない。自分もトールも、どちらかというと聞き役に回る事が多い。

 誰も自分から話そうとしないのだから、静かなのは当然だ。それなのに、どこか違和感を感じていた。






「おお、お前らか。予定より早いじゃねえか」


 暗くなってから馬宿に着いたけれど、まだ灯りは付いていた。主人が先に気づいて声をかけてくれた。

 彼は後ろのトールと少女を見て、嬉しそうに笑った。


「連れの病気、治ったんだな? 良かったな」


 病気? 言われて一瞬戸惑った。そういや、トールと少女の病を治すために来たとか、そういう言い訳をしていた気がする。口から出まかせに適当に言っていたので、すっかり忘れていた。


「はい、お陰さまで。……あれから何日経ちましたか?」

「なんだ? 神隠しにあったみたいな事を言うんだな」

「まあ、似たようなものです」

「ふ〜ん……まあいいや。お前らが出て行ってから二週間だな。明日の朝、精算しよう。晩飯は食ったか?」

「まだです。何かありますか?」

「待ってろ」






 主人が用意してくれたあり合わせの食事を取ると、ロムは一気に眠くなった。


 案内された狭い部屋には、ベッドが二つだけあった。

 あくびをしながらベッドに登ると、隣ではトールと少女が向かい合って座っていた。二人共、ずっと寝てたから眠くないんだろうか。


 よく見ると、睨み合っていた。やっぱり仲が悪そうに見える。




「……二人は、寝ないの?」

「あっ……いや、まあ……少し、話があるでな……」

「話してないじゃん」

「あ〜……それは、じゃな……」

「ああ、念話か。うるさくしないなら、いいよ。あんまり夜更かししないようにね」




 大きなあくびをしながら、後ろのザラムを見た。すでに寝入っている。ロムも早く寝たかった。


 布団に入りながら、難しい顔のトールを見た。

 彼が起きたら、言いたい事と聞きたい事が山ほどあったと思う。でも今は、一つしか思い浮かばなかった。




 ——その子はトールの何なの?




 心の中でそう呟いて、そんな事が聞けるわけがないと思い直した。

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