少年は目覚めを待っていた

 白い悪魔の大量発生から、一週間が過ぎた。

 トールと少女は目を覚まさないし、魔法も相変わらず消えたままだった。




 彼らは今、女性用の寝室に移されていて、ロムは気軽に入れない。それでも時々は気になって、様子を見に行っていた。




 ノックすると、返事と共にドアが開き、ジョージが迎えてくれた。変わらず眠ったままの二人と、トールのベッドに突っ伏したリンドが居た。


「お手隙でしたら、少し変わって頂けますか? すぐ戻って参りますので」

「わかりました。急がなくても大丈夫です。特に用事もないし……」


 恭しく頭を下げ、ジョージは部屋を出て行った。ロムは、リンドのずれた毛布をかけ直し、空いた椅子をベッドのわきに移動させた。それに座り、責めるようにトールに話しかけた。




「いつまで寝てるんだよ……」




 当然、返事はない。ため息をついて、少女を見た。こちらも目を覚ます様子はない。


 黒髪の少女は、ロムより少し年下に見えた。見つけた時は保護区の服を着ていたが、ロムは見た事がなかった。保護区を離れて生活していたので、その間に新たに入った子かもしれない。

 それにしたって、ニーナの部屋に居たのは何故なんだろう。誰も彼女を知らないし、見たこともない。彼女の持ち物には、身分を示すような物は何もなかった。

 悪魔から逃げて館に入っていたんだろうか。あの日は混乱していたから、目に止められなかったとも考えられる。


 トールの知り合いなら、彼と一緒に居たのかもしれない。悪魔から逃れて転移する時の記憶は、少しぼんやりしている。酷い傷を負っていたせいかもしれない。トールが助けに来てくれなければ、本当に危なかった。




 なぜ、子供で魔法使いでもない自分が狙われたんだろう。墓場でもそうだった。

 墓場で襲ってきたのはコナーで、館に行く途中で襲ってきたのはホークだった。元々知り合いだったから襲われたという事だろうか。悪魔の挙動は、まだわからない事も多い。




 変な時期に墓参りなんてするもんじゃない。それでトールを危険な目に合わせてしまった。

 彼がこのまま目を覚まさなかったら自分のせいだ。後悔してもしきれない。すぐ目を覚ますものと思っていたのに。


 ロムは再びため息を吐いた。






「ロム……?」






 かすかな少女の声に、顔を上げた。






「リンド、ごめん。起こしちゃった?」

「大丈夫。……トール、起キナイネ……」

「そうだね……早く起きてほしいよね」


 寂しそうに、彼女は笑った。




 リンドは魔法が消えてから、少しずつ話すようになっていた。元々言葉は理解していたのに、頑なに話そうとしなかった。しかし念話が使えなくなったことで、渋々話すようになっていた。


 このたどたどしい話し方に、ロムはなんとなく既視感があった。でも、その正体はわからなかった。




 トールを見下ろす彼女の顔に、驚愕の色が浮かんだ。


「ロム、トール、息シテナイ……!」

「えっ!?」


 慌てて彼の首筋に指を当てた。脈がとても弱い。彼の胸を見ると、動きがない。まさかと思ってしばらく見つめていると、ようやく少しだけ上下した。


「いや、してるよ。でも……弱くなっている……」

「トール、死ンジャウ!?」


 返事はできなかった。ロムは少女を見た。こちらも同様に弱くなっていた。彼らに死神が近づいているように思えて、背筋が寒くなった。






 突然ドアがノックされて、ビクッと震えた。ジョージだった。気持ちがざわついていて、彼が近づく足音に気づかなかった。


 ドアを開けた彼は、ロムの焦燥をすぐに感じ取った。


「どうかされましたか?」

「トールの脈が弱くなってるんです。呼吸も……」




 ジョージが急ぎ足でベッドまで歩いてきた。手首を触り、顔色を見て、瞳孔を確認した。


「確かに、そうですね……いつからこんな……気がつかず、申し訳ありません」

「こっちの女の子も同じなんですよ」


 ジョージは、少女の容体も詳しく見た。そして首を横に振った。


「そのようですね……」

「二人は大丈夫なんでしょうか?」

「私にも、原因はわかりかねます……」


 ジョージには医術の心得がある。今は魔法も無い。彼にわからなかったら、お手上げだった。




「トール、魂、入ッテル?」


 リンドが呟いたセリフに、ロムはハッとした。誰かに言われた事を思い出した。


「そうだ……俺、頼まれた……」

「何を? どなたに?」

「わかりません……けど、トールを、アールヴヘイムに、連れて行けって……そこに、トールの魂があるって……」




「辻褄が合いますね……」

「どういう事ですか?」

「命が失われて魂が肉体から離れると、アールヴヘイムを経て新しい命に宿ります。命が失われなかったら……魂は次に進めません。まれに、生きたまま魂が抜ける事があります。しかし身体に問題がなければ、すぐ戻れるのですが……」

「二人の身体は、少しずつ死に近づいている……?」

「そうかもしれません……ですが何故、魂がアールヴヘイムまで行ってしまったのか。ロム様に助言下さったのは、どなたなのですか?」

「それが……よく思い出せなくて……確かに、そう言われたんです! 絶対忘れないでって……! でも、どうやって行けばいいのか……」




「行ける」


 ジョージが閉めていなかった入り口に、ザラムが立っていた。


「アールヴヘイムに? 行き方を知ってるの?」

「行った事、ある。入口、知ってる」

「近いの? 今は転移魔法は使えないんだよ」

「近くない。でも、行こう」

「この島の中? 東の大陸?」

「この島、北の山」


 距離があるなら、余計に迷っている暇はない。ロムはザラムに強く頷いた。




「こちらのお嬢様は、どうされますか? 今日、保護区に引き渡す事になっていたのですが……」

「なぜですか?」

「身元の確認をしていただこうかと。ご本人が意識を取り戻されてからのつもりでしたが、中々目を覚まされないので……」

「ダメですよ! この子もトールと同じ状態なんです。このままだと死んでしまうかも……」


 ジョージはまだ悩んでいる。ロムは畳み掛けるように言った。


「ほら、見て下さい。この子、トールと同じイヤリングをしています。俺のこれも、トールからもらったんです。縁があるんです。二人が同じ状態である事にも、何か意味があるのかも……。どっちにしても、放っておくわけにはいきません」

「賛成。二人共、連れて行こう」

「わかりました。ニーナ様に許可を頂いて参ります。馬車を手配しましょう。ロム様とザラム様のお二人で行かれますか?」

「はい。俺達、旅は慣れてますから。護衛も必要ありません」




「ロム、トール、大丈夫?」


 リンドが不安そうな顔で見上げてきた。ロムは努めて優しく笑いかけた。


「大丈夫。絶対助けるよ。心配しないで待っててね。……俺達も支度してきます」


 ザラムと共に、急いで自分達の寝室に向かった。




 今までは目覚めを待つだけだった。自分にできる事があると思うと、身体が軽くなった気がした。

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