少女は緊張していた

「では、こちらでよろしいですか?」


 店員さんが、アイラスとロムが選んだドレスを折り畳んで持ち、最後の確認をした。アイラスは無言で頷いた。


「それでは、サイズの詰めが終わりましたら、ご連絡致します。今はニーナ様のお屋敷にお住まいなのですね?」


 また頷いた。

 やたらと丁寧な口調で話しかけられるので、アイラスはどんな言葉を返せばいいかわからず、ただ頷いたり首を振ったりするばかりで、一言も話せないでいた。


 対してロムは、普通に話している。なんでそんなに落ち着いてるんだろうか。


「それとは別に、今日買いたい物があるんですが、いいですか?」

「はい、大丈夫ですよ。何をお求めですか?」

「ええっと……アイラスに、彼女にマフラーかストールみたいな……首回りを暖かくできるものが欲しいんです」

「ちょっとロム! もういらないって!」


 あわててロムの服の端を引っ張った。賞品のチケットを使わせてもらっただけでも申し訳ないのに、その上こんな高そうなお店で買い物するなんて。アイラスは値札を見るだけでも怖かった。


「ごめん、これで最後だから」


 そう言って、彼の困った顔が近づいてきた。

 アイラスの耳元に口を寄せ、小さな声で言った。息が耳にあたってくすぐったい。


「あともう少しお金を使っておかないと、今月末で保護区に没収されちゃうんだよ」

「そ、そういう事なら……いい、ケド……」


 顔が近すぎて心臓が落ち着かなく、正常に判断できたかどうかわからなかった。もう野となれ山となれという気持ちだった。




「ご相談は終わりましたか?」

「あっ、はい。俺、よくわからないから、何点か見繕ってもらえませんか?」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 店員さんが部屋を出て行くと、アイラスは大きなため息をついた。


「ロムはよく平然と話せるネ……私、緊張しちゃって」

「まあ二回目だからね。最初は俺も緊張したよ。こんなお店来たの、初めてだったから」

「初めて来たのはいつなノ?」

「レヴィの新しい工房について、ギルドに相談に行った帰りに寄ったんだよ」


 その日は確か、工房に白い悪魔が現れた日だ。帰りが少し遅いなとは思っていたけれど、寄り道をしていたんだと納得した。


「レヴィにもついて来てもらったんだ。そういえば、レヴィは平然としてたなぁ……。お店の人も、レヴィのこと知ってるみたいだったし」

「来た事あるのかな?」

「……あ、レヴィのあのドレス! ここで作ったのかもしれないね。ニーナなら、ここで買えそうだし」

「そうだネ。あのドレス、素敵だったなぁ……また着る事ないのかな」

「本人は嫌がってたからね。ニーナに強要されない限り、着なさそうな気がする」




 ロムとおしゃべりしていたら、店員さんが戻ってきた。腕にはストールやショールが何枚もかけられていた。


「今のお召し物や、先程選ばれたドレスに合いそうなものをお持ちしました。どれに致しますか?」


 アイラスはまた言葉に詰まってしまい、助けを求めるようにロムを見た。


「ありがとうございます。それなら、どれを選んでも良さそうですね。アイラスは、どの色が好き?」


 彼に助けてもらいながらショールを選び、店員さんにお辞儀をした。




 帰りに使うからと言って商品タグを取ってもらい、首に巻いて店を出た。

 ロムがアイラスを振り返ってにっこり笑った。


「……うん、すごく暖かそうだし、お店の人が言った通り、すごく似合ってる。よかった」

「あ、ありがとう。ロム、ホントに今日は、ありがとう!」


 心からのお礼を、何度も何度も言った。ロムは照れ臭そうに笑って、手元に目を落とした。

 そこにはコインかメダルのような、きらきらと光る丸い物が握られていた。


「それ、どうしたノ?」

「お会計する時にもらったんだ。このお店で買い物できる資格らしいよ。……二度と買う事なさそうだけど」

「えー、何か買ったら、いいじゃない!」

「自分のものを買うのに、こんな高いお店を利用したくないよ。……あ、でも……アイラスの物なら、また買ってもいいかな……」

「ええっ、私もやだヨ!」


 二人で顔を見合わせ、くすくすと笑いあった。




 こんな幸せがずっと続くといいなと思っていた。

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