少年は少女を助けたい
――やばい。
とっさに、先程返したばかりの刀を拾った。アイラスが、手に持つ刀を抜き放った。刀身が陽炎のようにきらめいた。
「アイラス!」
アイラスは鞘を捨てて両手で刀を持ち、斬りかかってきた。受け止めると、その一撃は信じられないくらい重く、ロムは片膝をついた。少女の力とは思えなかった。
アイラスの肩越しに、レヴィが向かってきているのが見えた。その気配に気づいたか、つばぜり合いをしていたロムを蹴り飛ばしてきた。数メートル吹っ飛び、ザラムに受け止められた。蹴りを受けた両腕がびりびりと痺れていた。
アイラスは、返す刀でレヴィを切り捨てようとした。レヴィは紙一重でそれを避け、刀を持つアイラスの手首を掴んだ。
「一体、何がどうなってんだ?」
アイラスが掴まれていない方の手を刀から離し、レヴィに向かってかざして何かを呟いた。まばゆい閃光が起こり、レヴィが受付のテントの方へ吹っ飛んだ。
テントは崩れ、周囲の観衆が悲鳴をあげて逃げている。
「魔法!? なんで……?」
「刀じゃ! 魔力の源はそこじゃ! 刀がアイラスを操っておる!」
トールがテントの布をめくり、レヴィを助け出そうとしている。その足が倒れた支柱の下敷きになっていた。
動けないレヴィに向かって、アイラスがゆっくり歩き始めた。
「マジかよ……」
トールが間に入り、アイラスに手をかざして何かを叫んだ。
アイラスの全身が震え、苦しそうに顔が歪んだ。身体が上手く動かせないようで、刀を持つ手が緩んだ。
「いけるか……!?」
だが、アイラスが吠えるように叫んだ。と同時にトールが片膝をついた。捕縛は解け、アイラスが刀を構え直した。リンドがトールをかばうように立った。
アイラスが刀を振るうと、風圧が巻き起こってリンドの小さな身体が宙を舞った。
「リンド!」
ロムは痛む身体を起こし、痺れた手でイヤリングを押さえた。
――アイラス、目を覚まして!
精一杯の想いを込めた。アイラスの身体が小さく震え、左手で頭を抱えてうずくまった。
「アイラス! 気が付いた……?」
だが、顔を上げたアイラスは、憎しみの表情でロムを見た。刀を両手で握り直し、今度はロムに向かって歩いてきた。
ザラムが、ロムが落とした刀を拾って前に出た。
「止めて! アイラスを斬らないで!」
「殺さないと、殺される」
――ダメだ、そんなのダメだ。
ロムはもう一度、イヤリングを手で押さえた。こんな道具を使った弱い思念ではダメかもしれない。トールだってきっと同じ事を試しているだろう。それでも諦めきれなかった。
想いをこめると同時に、アイラスが震えて膝をついた。頭を押さえて左右に振っている。想いは確かに届いている。
それでも、立ち上がったアイラスの顔は、憎しみ色が濃くなっただけだった。
ザラムが悔しそうな顔で呟いた。
「……仕方ない」
仕方ないって、何。
「ザラム、止めて! 殺さないで!」
必死で、ザラムの足にしがみついた。アイラスは目の前に迫っていた。刀が振り上げられた。このままだと、二人とも斬られる。
アイラスは目覚めない。
ザラムに殺される。
彼は躊躇しないだろう。
それを見たくなかった。
それなら、先に死んだ方がいい。
ロムはザラムを横に突き飛ばした。アイラスが刀を振り下ろす先に居るのは、ロムだけになった。
目を閉じた。視界が消えると、アイラスの顔が浮かび上がった。
笑った顔、怒った顔、困った顔。
触れた手の柔らかさ、撫でてくれた手の気持ちよさ。
抱きしめた時の、温もり。
アイラスと会ってからの事が、めくるめくように思い出された。これが走馬灯というものだろうか。
閉じた目の端から、涙が零れ落ちた。
――こんな事になるなら、せめて想いを伝えておけばよかった。
鈍い音がしたが、痛みも衝撃もなかった。
不思議に思って目を開けると、アイラスが自分の胸を刀で突き刺していた。
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