少年は今後の話をした

「じゃア、また夕方まで、ちゃんと寝ててネ? 来週は忙しいんだかラ、しっかり風邪、治しとかないとネ」

「え? 何かあったっけ……?」

「ロムの誕生日と、百年祭があるヨ!」


 そういえば、そうだった。最近忙しくて、自分の誕生日なんて忘れてた。


 ロムは今度の誕生日で13歳になる。保護区では13歳から毎年誕生日に、将来を決めるための面接が行われる。以前は自分の未来が見えなくて面接が億劫だったけど、今は自分のやりたい事も決まっている。ただそれを報告すればいいだけだ。


「面接は大丈夫だと思うよ」

「そうじゃなくテ、誕生のお祝い、するんじゃないノ?」

「え? 何それ……」

「ロムが生まれたコトを、お祝いするノ」

「そんなの、した事ないよ」

「エエッ!? 保護区のみんな、してるヨ?」

「俺は、ない……」

「私だって、呼ばれたコトあるヨ? みんなでハニーケーキ、食べるヨ?」

「だから知らないって……」


 アイラスは不機嫌な顔で黙り込んだ。そんな顔をされても、知らないものは知らない。


「わかっタ……ロムは心配しないデ。私が何とかするカラ」

「い、いいよ……別に……」

「プレゼントはどうしよウ? 何か欲しいモノある?」

「ないよ。ないから、祝わなくていいってば」

「私が祝いたいノ! ……何か考えとくネ」


 誕生日を祝うという感覚が、ロムにはわからなかった。むしろ自分にとって、いやかつて居た『人狼』にとって、誕生日は恐怖だった。一つ歳をとる度に、何かしら生きるための条件が追加され、環境は厳しくなっていた。だからその日を祝おうと思った事なんてなかった。




「百年祭はどうするノ?」

「そっちも別に……いいや」

「エッ? ロム、行かないノ?」

「うん、興味ないし」


 一瞬、アイラスの目の色が沈んだ気がした。しかし、それはすぐ消えてしまった。ロムがあれ? と思った時には、すでに手遅れだった。


「……もしかして、アイラスは行きたいの?」

「ううん、まだ考えてなイ。そっちは私モ、どんなのカ、よく知らないシ……」


 言いつくろうアイラスを見て、確実に失敗したと思った。彼女は多分、祭に行きたいのだろう。それなら誘ってくれたらいいのに。

 いや、先に行かないと言ったのは自分だ。興味がないと言っているのに誘う人はいない。


 そうなると、アイラスは一人で行くのだろうか。いや、それもない。彼女は友達が多い。きっと誰かしら行く人がいるだろう。もし誰も行かなかったとしても、トールがいる。

 だったら自分は、もうアイラスからは誘ってもらえない。




 連日アイラスの送り迎えをしていて、部屋が隣で、ずっと一緒に居られると勘違いしていたかもしれない。遊ぶなら同姓の方が楽しいだろうし、自分とは共通の趣味もない。


「じゃあ私、絵の続き、してくるカラ。ロムのおかげで、下絵に入れそうだヨ。ありがとウ!」


 そう言って、アイラスはドアを開けた。行ってしまう。




「ま、待って!」




 アイラスが、入口で振り返った。言わなきゃ。




「あ、あの……もし、アイラスが、祭に行くなら……」


 緊張して、言葉が上手く出てこない。ロムはつっかえながら続けた。


「……俺も、一緒に……行っていい?」

「エッ? 興味ないんじゃないノ?」

「えっと……俺、友達いないから、一人で行っても、つまらないかなって……」

「友達なら、私が、居るじゃなイ」

「……うん、だから……アイラスと、一緒なら、行きたい……かも」




 アイラスは、すぐに返事をしなかった。ロムには、その一瞬が永遠に思えた。




「いいヨ! 私もホントは、ロムと行きたかったノ!」

「あ、うん……ありがとう……」


 アイラスの裏のない笑顔に、ロムはほっと胸をなでおろした。祭が何日あるか知らないけれど、その間ずっと一人でヤキモキ過ごすところだった。

 保護区の掲示板に広告が貼ってあったはずだから、今日帰ったら見てみよう。




 気づくとアイラスの足元で、猫のトールがじっと見ていた。彼女もそれに気づき、彼を抱き上げた。


「モフモフ、要ル?」

「……要る」


 アイラスは再びベッドの傍まで近づいてきて、布団の上にトールをおろした。


「じゃア、ちゃんと、寝ててネ!」


 そう言って、彼女は今度こそ部屋を出て行った。ドアが閉まるのを待ってから、ロムはトールを抱き寄せて布団に寝転んだ。


「よかったぁ……俺、頑張った……!」


 トールが低い声で鳴いた。猫の表情なんてわからないけど、多分呆れたんだと思う。でも今は、そんな事はどうでもよかった。


 思えば今まで、ロムからアイラスに何かを頼んだ事なんて、ほとんどなかった。大抵、彼女の方から頼ってきて、それを受けるだけだった。

 受け身ばかりでいたら、いつか愛想をつかされて離れていってしまうかもしれない。今後はもう少し頑張ろうと思った。




 お腹がいっぱいになって、安心して、横になったら、瞼が重くなってきた。昨日も今日もほとんど寝てるのに、まだ寝足りないのかな。

 眠いってことは、身体が休息を求めているのだと思う。だから素直に、ロムは目を閉じた。早く風邪を治さないとダメだから。

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