少女は悩みを打ち明けた

「わしがベッドを使ってよいのじゃろ? 一番休まねばならんからの」


 ロムのベッドに寝転んで、トールは楽しそうに言った。そうなると、床にはアイラスとロムが寝る事になる。

 ……はめられたと思った。


「あの……ごめん……やっぱり、止める?」

「ウウン……大丈夫。きっト、これが一番いい方法、だかラ」




 そうは言っても落ち着かなかった。隣のロムが気になって寝られない。ロムは背中を向けている。もう寝てしまったのだろうか。


「ロム、もう寝タ?」


 返事はなかった。こんな状況でも寝られるなんて。自分だけが酷く邪で、許されない思いを抱いている気がして、嫌になってきた。

 身体を起こしてため息をつくと、頭上から声がかけられた。


「寝付けぬのか?」


 見上げると、トールがベッドの上で頬杖をついて見下ろしていた。


「トールも、寝てないじゃなイ。早く寝ないト、ダメだヨ」

「いやぁ……何か起こらぬかと思うての」

「何も、起こらないヨ!」

「ロムはもう、寝てしもうたのか」

「そうみたイ……」




 アイラスは寝るのを諦めて立ち上がり、ベッドのふちに腰かけた。

 トールと話がしたかった。聞きたいことは山ほどあった。でもいざ話そうとすると、なかなか言葉が出てこなかった。


 悩みながら、すぐ脇にあるトールの頭に手をのせた。獣のような耳の後ろを指でかくと、彼は気持ちよさそうに目を閉じた。

 大きくても虎は猫科だし、姿を変えてもトールは猫みたいだなと思う。喉を鳴らしたら完璧なのにと思ったけれど、そこは身体の仕組みが違うようだった。




 アイラスは何度も思いを巡らせ、ようやく一つの質問を投げかけた。


「トールは最初カラ、私の事、わかってたノ?」

「いや、最初に疑ったのはニーナじゃ。わしは『知識の子』の事自体、よう知らなんだ。子を守るため、その存在は口外無用とされているようじゃ。魔法使いからは、喉から手が出るほど欲しい知識を持っているのじゃからの」


 それなのに、トールはそれを要らないと言った。それは本心なんだろうか。無理はしていないのだろうか。

 本当に必要ないと思っていても、トールの永遠の命の中で、それが得られるのは自分が生きている間だけなのだから、自分の知る全てを教えたかった。改めて、自分に魔力が無い事を恨めしく思った。


「ニーナが言ってタ、トールが『神の子』だと、わかったラ、私に危険が及ぶかもしれないって、そういう意味だったノ……?」

「そうじゃの……」


 いつ知ったの? どうしてすぐ教えてくれなかったの? そう聞きかけたけれど、意味がないとわかっていた。トールがどれだけ悩んで秘密にしていたか、痛いほどわかるのだから。




「私は、アイラス、なのかな……」


 聞いても仕方のない事を、つい漏らしてしまった。口に出すと余計に恐ろしくなり。アイラスは自分で自分の肩を抱いた。

 トールが起き上がって、掛け布団をアイラスの肩にかけた。そして、その上からアイラスを抱きしめた。


「おぬしはおぬしじゃ。何を心配する必要がある?」

「でも、全ての『知識の子』ニ、私と同じ記憶があるんでしょ? 『私』は、いっぱい居るのカナって……」

「逆に考えよ。おぬしの中の一部に、その記憶があるだけなのじゃ。おぬしはわしが拾い、ロムが名付けた、世界にただ一人のアイラスじゃ」




「じゃア、私の気持ちは、私のモノなの?」


 トールが身体を離し、不思議そうに見つめてきた。意味が通じてないかもしれないと思い、重ねて言った。言葉と同時に涙が溢れてきた。


「ロムの、コトが……好きな気持ち。……この気持ちは、本当ニ、私の気持ちなノ? ……私は、ロムを、好きになってモ、いいノ?」

「良いに決まっておろう。それこそが、おぬしがおぬしである証じゃ」




 ずっと前から、そうであったらいいと思っていた。今の姿ではない記憶のせいで、アイラスは自分が自分である自覚がまるで持てなかった。だからその思いは願いであり、真実ではないと思っていた。

 今、トールは自分の望む通りに言ってくれた。自分の考えは信じられなくても、彼の言葉なら信じられた。


 ありがとうと言いたかったけれど、声にはならなかった。トールの胸にもう一度顔をうずめ、声を押し殺して泣いた。




 ひとしきり泣いた後、アイラスは涙をぬぐってトールから離れた。


「大丈夫かの?」

「うん、ごめんネ。トールも、寝られないよネ」

「気にせずとも良い。……あ、今は、無理はしておらんぞ?」


 言い訳するように付け加えたので、アイラスはくすりと笑った。


「今度は寝られそうか?」

「うん、ありがとウ。少し、眠くなってきタ」




 アイラスはベッドから床に降りて、ロムの隣に寝転んだ。同じ掛け布団に潜り込むと、規則正しい寝息が聞こえてきた。顔をそっと覗き込むと、安らかな寝顔だった。


 頭上からごそごそと動く音が聞こえて、見上げるとトールがまじまじと見ていた。見ちゃダメときつく睨むと、彼は苦笑して頭を引っ込めた。




 トールが見えなくなったのを確認してから、アイラスはロムの頬にそっと口づけた。

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