少女は心を集めた
そこには、小さくて薄く白い欠片が二つ落ちていた。
「これが心の欠片なの? 卵の殻みたい」
二つを手に取って近づけると、吸い寄せられるように欠片がくっつき、その繋ぎ目が消えた。その丸みは、まさに卵くらいの大きさに思えた。
「これを完成させれば良いのかな。欠片は魔法で探せたし、意外と楽かもね」
アイラスは安心したけれど、トールからは不安な気持ちが伝わってきた。
「そうだね、気を引き締めて行こう」
再び言霊を唱えると、また光が灯った。それを繰り返し、卵はどんどん形が整ってきた。
「あと一つで完成しそう。順調だね」
これでロムが戻ってくる。アイラスは期待に胸を膨らませた。戻ってきたら何を話そう。討伐戦の事はあまり聞かないほうがいいかな。あの騎士の言っていた報酬とは何だろう。お金だと保護区の貯蓄限度に引っかかるから、余り嬉しくないのだけど。
その内容次第では、頼まれていた絵を描いてあげてもいい。アイラスは上から目線で考えながら、最後となる探索の言霊を唱えた。
遠くに光が灯った。その光が、少しずつ大きくなってきた。
「近づいてきてる……?」
——光よ!
アイラスが叫ぶと上空に小さな灯火が生まれ、周囲を照らし出した。大小様々な岩が転がるだけで、他には何もない荒野が広がった。空は暗いままで、アイラスの灯りだけが輝いていた。
近づいてきていたのは人だった。女性のように丸みを帯びた身体をしている。
さらに人影は歩いてきた。やはり女性で、赤い服を着ている事がわかった。
いや、違う。服が血で染まっていた。胸に、刀が突き刺さったままになっている。
アイラスはその刀に見覚えがあった。ロムが最初に使っていた刀だ。柄と鍔を交換する前の状態だ。
その柄が光っていた。あそこに最後の欠片があるのか。
女性は妖艶に微笑んだ。その顔立ちは、ロムに似ていた。同じ明るい金髪に、目は碧だった。
彼女は自分の胸に刺さった刀を引き抜いた。血が噴き出すかと思ったが、胸には鮮血がこびりついているだけだった。
「あの人、もう死んでるの?」
女性は刀を上段に構えた。ロムが同じ構えをするのを見たことがある。その切先は、まっすぐアイラスに向いていた。ヤバい。
アイラスは風の言霊を唱えた。女性に向かって強風が吹き、彼女は片膝をついた。
もっと強い魔法をと、トールが警告してきた。
「ダメだよ! あの刀にロムの欠片があるんだよ? もし壊しちゃったら……」
ほんの一瞬トールに目を向けた隙に、女性は目の前まで迫っていた。振り下ろされる刀の動きが、酷くゆっくりに見えた。
ロムと同等かそれ以上か。こんなの敵うわけがない。魔法を唱える暇なんてない。こんなにも自分は弱いんだと思い知らされた。
間近で金属音が響いた。
目の前に、女性の刀を短刀で受け止める少年が居た。そこへ、トールが牙をむいて女性に襲い掛かった。
彼女は残像を残して後方に跳び退いた。その顔は怒りで歪んでいた。
すぐにまた来るかと思ったが、間に入ったトールを警戒してか、ジリジリと横に移動するだけだった。
トールもそれに合わせて移動している。今は彼が守ってくれる。
アイラスはロムを見た。
「ロム!」
彼は小刻みに震えていた。顔を上げてアイラスを見て、震える声で言った。
「アイ……ラス……」
「私がわかるの? あれは誰なの?」
「俺の……母さん……」
その言葉に、改めて女性を見た。なぜその胸にロムの刀が刺さっていたのか。その事から導き出される答えに気づき、再びロムを見た。驚きより、怖れより、悲しみで胸がいっぱいになった。
ロムの手から短刀が滑り落ちた。彼は両膝をつき、自分で自分の肩を抱いた。
「……怖い……助けて……」
「大丈夫」
なんの根拠もなかったけど、反射的にそう答えた。
自分達はロムを助けに来たんだ。助けられに来たわけじゃない。
なぜだかわからないけど、あの人はアイラスだけを狙っていた。間に入ったトールに襲い掛かろうとはしない。その背後からならば、言霊を詠唱できる。
問題は、どんな魔法ならいいのか。刀を巻き込まず、亡者を倒すにはどうすればいいか。
「……癒し?」
その呟きに、トールから肯定の意が伝わってきた。
——全てを癒す、安らぎの光よ!
女性が光に包まれた。彼女は指先から砂になって崩れていき、顔は苦悶に歪んだ。恨みを込めた視線をアイラスに向けたが、隣のロムに気づいたように、ふっと微笑んだ。その口が動いていたが、声は届かなかった。
元はロムの母であった砂の山に、刀が刺さっていた。探索の魔法による光は消えていたが、この中に心の欠片があることは確かだ。
アイラスはそれを引き抜いて、よろめいた。想像以上に重い。ロムはいつも、こんな重い刀を振り回していたのか。
柄に耳を当て、刃に気を付けながら振ってみたが、特に音はしなかった。
「何も入ってないみたい……おかしいな。この柄が、確かに光ってたのに」
分解してみたらわかるのかな。刀鍛冶のところで、刃と柄が別々になっている状態を見たことがある。そう思ったけれど、やり方がわからない。
「これ、どうやってバラすの?」
ロムがふらつきながら歩いてきて、刀を受け取った。どこから出したのか、細い棒で柄から栓のような物を外し、刀を持つ手を反対の手でトンと叩いた。
刀身が少し浮き上がり、その状態で返された。
そうっと刀身を引っ張り、柄と鍔を外した。柄以外を地面に置き、柄をひっくり返したり中を覗いてみたりした。
首をかしげていると、柄の輪郭がすうっとぼやけた。どんどん小さくなっていき、小さな黒い欠片になった。
「これが、最後の欠片……? なんでこれだけ、こんなに真っ黒なの?」
口に出した疑問に答える者は居なかった。
これを、今まで集めてきた白い欠片と繋げていいのだろうか。言い方は悪いが、汚されそうな気がする。
「これ、本当にあなたの心なの?」
答えを求めてロムに問いかけると、その顔が恐怖で引きつった。返事は無く、震えながら顔をそむけられた。その様子を見て、アイラスは理解した。
「ロムは、この心を認めるのが怖いのね。でも心配しないで。誰の心にも黒い部分はあるから。私の中にもあるよ?」
「許して……くれる……?」
「うん、大丈夫」
ロムの顔から絶望の色が消えて、ほんの少しだけ安心したように見えた。
「じゃあ、戻すね」
黒い欠片を、一ヶ所欠けた白い卵に近づけた。欠片は最後の穴に吸い込まれ、シミにように張り付いた。
卵が、ロムの心が完成した。アイラスは、嬉しくて愛しくて、卵を優しく両手で包み、自分の胸にそっと押し当てた。
「ロム。今ここで言っても、忘れてしまうのかもしれないけれど」
そう思っても、言わずにはいられなかった。顔を上げて、ロムをまっすぐ見つめた。
「私達は、あなたの良いところも、悪いところも、全部含めてあなたが好きなの。だから、自分の黒い部分を否定しないで。それも、あなたの大切な一部なのだから」
そう言って、卵をロムに差し出した。卵はふわっとアイラスの手を離れ、彼の胸に吸い込まれていった。
「ありがとう……俺も、アイラスが何者でも……アイラスが、好きだから……」
「えっ……」
それってどういう意味? そう問いかける前に辺りは光に包まれ、最初と同じように暗転した。
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