GIRL FRIEND

一繋

GIRL FRIEND

 大人ぶって笑っている。


 本当はもっと、子どものように別れを惜しみたい。


 けれど、高校生である僕らの前には中途半端に希望が漂い、それを掬い上げられると信じているから嘆げかない。


 俺の明日はもっと輝いてるんだ。


 私は今日という日をすぐに思い出に変えていける。


 そんなふうに、格好つけたいんだと思う。


「もう少し歳を重ねれば過ぎ去っていく時間の尊さがわかるから、素直に惜しみ嘆くこともできるかもね」


 そう言って、あの人は笑った。


 僕には、そんな余裕はない。あの人と同じ校舎で過ごせなくなることが、堪らなく寂しく、恐ろしく、辛かった。




 東京の卒業式のシーズンに桜が咲いていることなど、僕の記憶のなかにはない。桜の木の下で卒業証書を持つことは、もう少し温暖化が進んだあとの世代に任せればいい。


 我が母校の卒業式も異常気象に見舞われることはなく、冬のロスタイムのような日和。


 だから指摘されるまで、自分が桜の木の下にいるとは思わなかった。


「桜の木の下……想い人でも待っているのですか」


 学校行事と人口密度の高いところが苦手なので逃げてきただけなのだが、その設定は悪くないと思った。


「そう。桜が咲く頃、返事を聞かせ……」


「きもいですね」


 本来であれば、集合写真の撮影の順番を待つこの時間は、学校で友人たちと過ごす感傷的なものだろう。


 僕はその輪から離れて、校庭の片隅で佇んでいる。


 そこに気配もなく現れたのが、翠川翡翠。黒髪のストレートに、はっきりした切れ長の目。どことなく古風な佇まいだが、掛け値為しの美少女だ。


「うちのクラスの撮影って、まだ?」


「いま3組です。思いのほか時間が掛かりますね。心情は察しますけど」


 見ると、一部のグループがやいのやいの騒いでいる。1クラスずつあんな調子でやっていれば、時間もかかるだろう。


「ああそうだ。言い忘れていました」


「ん、なに?」


「浪人、おめでとうございます」


「ずっと言い忘れておけよ」


「これからご両親が汗水流して稼がれた賃金をもとにダラダラと予備校へ通い、怠惰な1年を過ごしたあとに、1ランクも2ランクも下の大学へ進まれることを思うと……」


「ありがとう。おかげでこれから1年間、死ぬ気でがんばれそうだよ」


 一通りの掛け合いを済ませると、4組が整列を終えて撮影に入ろうとしていた。そろそろクラスのほうへ合流しなければいけない。


「さて、行くよ」


「モウイッテシマウノデスカ、ゴシュジンサマ」


「歯を食いしばるほど拒絶反応を示すなら、メイド喫茶の真似事などするな」


「人が冥土の土産だと思ってデレを見せてあげれば、ずいぶんな態度ですね」


「上手いこと言ってるけど、浪人って放浪する武士じゃないからね」


 高校生活が終わる瞬間というのは、いつなのだろう。卒業証書をもらった瞬間? 校門を抜けたとき?


 伝えるならば、今しかないのかもしれない。


「なあ、幽霊」


「アジアの妖精と呼びなさい」


「いや、既得権があるから。アジアの妖精は」


 このやりとりも最後だと思うと、ひどく感傷的な気分になった。声が震えていなかったか、少し不安だ。


「オレ、翠川のこと好きだよ」


「ええ」


「本当は留年したかった」


「そんなことしたら、私はあなたの前に現れませんでした」


 整列を始めたクラスメイトの一人がこちらに向けて手を振り、僕の名前を呼んだ。


「教師になって戻ってきても、翠川には会えないんだよな」


「卒業したら、私のことは忘れてしまいます。教師だろうと用務員だろうと一緒。すでに他のクラスメイトは、私のことを忘れているようですし」


 確かに、いま呼びかけられたのは僕だけだった。まるで、一年間同じクラスで過ごしたはずの翠川翡翠のことが見えていないかのように……。


 後ろ手を組み、埃っぽい風で黒髪を揺らす翠川翡翠は、もう僕だけにしか見えていないのか。


「さよならすら消えてしまうことって、幸福なのかな。どんなに胸が痛んでも、記憶とともにいられるほうが幸福なんじゃないかな」


「集合写真って、何を残すのでしょうね」


 翠川は集合写真を撮る様子を見つめながら、噛み合っていない答えを返した。


「第三者から見れば、複数の人間が写っている……肖像の記録。突き詰めれば、写っている当人たちにとってもいずれそうなっていくでしょう。10年後、あるいはもっと先、クラスメイト全員を鮮明に記憶し続ける人はいないでしょう」


「けど、写真をみることによって、脳を刺激して記憶を想起させられる。永続ではないにしろ、記憶の延命措置はできる」


「褪せていく記憶のなかでは、最大瞬間的に感じていた幸福さえ褪せていく。淡く、ただ淡く。過去の記憶で現在は幸福になりえない」


 それは現世に留まり続ける翠川だからこそ、切実に言える言葉だった。


「これからまた愛すべき人と出会っても、永遠はあり得ない。過去は今を幸せにはしない。今を最善と思いつづけていくためなら、無くすべくして無くす記憶もあるべきだと思います」


「過去と現在を比較して、現在を貶めてしまうくらいなら?」


 翠川の笑顔は現実離れした美しさで、一生忘れられないほどの美しさで……僕はそれを掴めずに失う。


「卒業おめでとう」


 甘い痛みと引き換えに、前へと進んでいく。


 振り返ると、そこにはもう桜の木があるだけだった。

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