濁流

大雨洪水警報が発令されているとき、近くの川は濁流と化していた。

水位が高く、間もなく氾濫するといった感じだった。

避難指示だろうか?サイレンがあちらこちらで鳴り響いている。

私は橋の上から、目前に迫りくる濁流を眺めていた。


好奇心というガキみたいな発想でここに居るのではない。

たまたま私のそういう時間と、そういう天候が重なったというだけ……。

しばらくそこに居たら、警察官か河川管理の人かは忘れたけど、「危ないから橋から離れなさい」と言われた。

私はこういう精神状態のときは、たとえ流されても、絶対に「助けてください」とは言わないのに……。

だから、少しイラッとしたね。

まぁ、おとなしく従ったけど……。

(こいつら……、他人の命や人生になんか、これっぽっちも興味がないくせに、何を正義づらしているのか!)


日本人は自分さえ良ければ、他人がどうなろうが知ったこっちゃない民族だ。

(お前の人生にとって、私が生きていようが死んでしまおうが関係ねえだろ。全員が人の輪の中で生きていると思うな!)

もし、目の前に、路上生活をしている私がいたら、この男は私が生きるための声かけをしただろうか?

答えはノーだ。

それをやるのは外国人だけで日本人は絶対にやらない。

元路上生活者の私は、それを人生経験として知っている。


この私の持つ世界観と、他の日本人の持つ世界観が衝突するとき、精神の針が振り切れる。

(そちらの世界観で安易に私に話しかけてくるな!)

それをされると、私の精神領域が濁流でぐちゃぐちゃにされて、自殺や殺人をすることに躊躇いが無くなってしまう。

私の精神状態次第では、こいつを濁流に突き落としたかもしれない。

揉み合っているうちに一緒に落ちたかもしれない。

はたまた、私が返り討ちにあったかもしれない。

どっちが残ったにしても、絶対に殺人罪には問われないだろう。

「突き落とした」なんて絶対に言わないからね、人間という生き物は……。

まぁ、目撃者がいたらアウトだけど……。


気分的には、もう少し、迫りくる濁流を見ていたかった。

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