労働者階級のタップダンス

中心市街地の地下通路で寝泊まりした経験があるなら、わかると思うけど……。

何百人ものスーツ姿が、一斉に速足で歩くんだよ。

地下鉄の改札に向かってね。

私は地面に横たわって音だけを聞いていた。


もちろん、そのときは何も思わなかったけど……。

あれから10年以上が経過して……。

あの音とリズムが、頭の中で再生されている。


人々は言う。

「私は苦労をしている」「私は不幸だ」と……。

そんな被害妄想を心に秘めた連中によるタップダンスだ。

お前たちの視界に、私の姿は映っていたのか?


こいつらは、家族のいる家から職場に向かう者……、職場から家族のいる家に帰る者……、そのどちらかだろう。

タップダンスは平日限定だ。

休日の地下通路は人通りが少ないし、ビジネスシューズやヒールで歩いている連中も少ないから、タップダンスにはならない。


私がいた世界は、最下層の労働者階級ではない。

それより、さらに下の、名も無き階級だったからね。

ただ、世間の括りは、労働者階級が一番下らしい。


ここに居たとき(路上生活をしていたとき)、よく小学生時代のことを思い出していた。

小学生のとき、私とクラスで一番の成績を争った奴が、現在、大学教授をやっている。

検索したら、そういう仕事をしていることがわかったよ。

ただ、負けたとは思っていない。

そいつがそんな人生なら、私も家族崩壊さえなければ、それなりの人生だったのだろうと思えるから……。


ちなみに、私の本名を検索しても、『〇〇年〇〇月〇〇日、〇〇容疑で逮捕』という記事しか出てこない……、現在もヒットするかどうかはわからないけど……。

そいつとは、タップダンスをする側と、それを聞く側、という具合に分かれてしまった。

儚い現実だよ。

いや……、大学教授ともなれば、そもそも地下鉄なんか乗らないか……。

もはや、資本家階級(ブルジョアジー)の領域だもんね。

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