一枚の桜の花びらが水面に舞い落ちる
ドロドロとした真っ黒な液体の海……。
まるで、座礁したタンカーから流出した重油のよう。
ここは私の脳の中だ。
ドロドロとゆっくりと動いている。
すでに可能性のある時間は終わった。
もう、生きる意味・気力・目的・希望は無い。
転落事故のあと、本来なら、このドロドロは、干からびて風化されるはずだった。
それなのに……。
まだ人生は続いている。
このドロドロは、幸せな人生を送る人のように、透き通った水に変わることはない。
桜の季節は、間もなく終わりを告げようとしている。
ここは少し大きめな森林公園の入口だ。
その脇には小さな用水路があった。
透明な水が溢れんばかりに流れていた。
まぁ、この季節……、田舎なら当たり前の光景だ。
この透明感は、ここで暮らしていなければわからないだろう。
今日は快晴……。
春の陽気が新緑を映し出す。
ただ、風が強い。
桜の花びらが粉雪のように舞っている。
ああ……。
桜をテーマにしたありきたりな風情には興味が湧かない。
ドロドロとした重油の海で埋め尽くされた私の脳とのコントラストに、興味が集中している。
家族との時間……、友人との時間……、恋人との時間……、私の人生には、その時間が存在していない。
失った人生の時間に対する無念と絶望……。
そんな1分1秒の積み重ねが、私の脳をドロドロにした。
当然ながら、今も独り……。
ただ重い頭を抱えて、春の強風にさらされている。
ああ……。
用水路の透き通った水に、1枚の桜の花びらが舞い落ちる。
それと同時に……、私の脳を埋め尽くすドロドロにも、1枚の桜の花びらが舞い落ちる。
今さら、風情なんてどうでもいいのに、ほんの少しだけ……。
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