非常口

私は精神科の待合室にいた。

ここと、廊下には誰もいなかった。

昼間の2時なのに、まるで深夜2時のように静まり返っている。


ここは総合病院なので、10階以上はある。

外来は1階から3階までだ。

思わず天井を見上げる。

目に映ったのは、非常口の蓄光式標識だ。

ポツンと吊り下げられていた。

こういう大きな施設に来ないと、これを見ることはない。

イラストの彼は、扉から外に出ようとしている。


彼はいったい何のためにその扉から外に出ようとしているのか?


一般的な答えは……、地震や火事が発生したとき、身の危険を避けるため、この扉を開けて、階段を下りて外に出る……、だろうな。

だけど、実際にそういう事態になったら、その階段が使えるとは限らない。

『扉が開かない』『階段が壊れている』『階段の出口に鍵がかかっている』『非常口付近で火の手が上がり、煙が充満している』など、いろいろ考えられる。

逆に、その非常口しか使えなかったら、今度は逃げようとする人が集中して外に出られない……、ただ単に、パラドックスという言葉の意味を考えさせられるだけ。


以前、店舗の責任者(防火管理者)をしていたとき、消防署の職員が店舗の点検に来て、「防火扉の前に陳列棚を置かないでください」と偉そうに言い放ったあと、点検チェックシートを私に渡して帰っていったのを思い出す。

そもそも新卒で公務員になれる奴って、家族崩壊なんかしていないし(虐待や育児放棄で家族崩壊したら、もはや勉強どころではない……)、何かに追われて転職や転居を繰り返す人生でもないので、怒りが倍増した記憶がある。

高給と、安定した職業に加え、恋愛・結婚といった私生活まで充実する……、それを自分の力で勝ち得たものだと勘違いしているクソガキの印象しかない。

そんな奴に、偉そうに言われたくない……と思った。

毎年来るから、雑談することもあって、いろいろと大変なのはわかったけど……。

ただ、こんなのは、やることがないから無理やり作ったような仕事だろ?って、感じだったけどね。

当時の店舗にも非常口はあったけど、地震や火事のときに、あそこから逃げる奴は、多分、誰もいない……。


非常口の看板を見ているだけで、いろいろと思い出すことが多いなぁ。

どこの店も同じだと思うけど、普段は鍵がかかっていて、どっちみち、非常口は使えない。

私の人生経験では、非常口を使って逃げなければならないのは地震や火事ではなく、イカれた人間が刃物で襲ってきたとき、または、訳のわからんクレーマーが殺害をほのめかしたとき、くらいかな?

だから、普段から開けておかないと意味がないね。

まぁ、これくらい大きな施設なら、いつか、非常口を使う機会があるかもしれないけど……。

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