我れに木太刀の一本なりともあれば
ちょっと昔の話だけど、フラッと一人旅で野間大坊まで行ったことがある。
正月の時期だったので、それなりの人がいた。
普段は誰もいない所だけど……。
そこでは、いろんな種類のお守りが陳列されていた。
私が購入したのは交通安全のお守りだった。
以前乗っていた車に付けていた。
その車が廃車になったとき、それと同時に、その役割を終えた。
無事故だった。
もし、あのとき、恋愛成就のお守りを購入していたら、私のような人間でも恋は叶っていたのだろうか?
効力があるのなら、買っておけばよかったかな?と思うことが度々あった。
あれから何十年の月日が流れた……。
野間大坊……。
ふとした拍子に思い出したので、ネットで検索してみた。
すると、驚きの事実が判明した。
私の記憶では、正直、どこにでもありそうな小さな寺だったけど……。
それに、山と海に囲まれていて、かなりの田舎だったはず……。
それなのに、調べてみると、その歴史は古く、しかも、あの源義朝が殺害された場所だった。
まさか、そんなに有名な寺だったとは……。
知らなかった。
源義朝は、入浴中に襲撃を受けた際、最期に「我れに木太刀の一本なりともあれば……」と、その無念を叫んだと伝えられている。
人生とは紙一重だ。
もし、〇〇だったら……、という仮定条件に最小単位のものを当てはめるだけで、結果は、天と地くらい違ってしまう。
私も同じだ。
転落事故の数年前から、そんなことを思うようになった。
『恋人の存在と、そういう人と過ごす時間が人生で一度でもあったなら……』
おそらく、私の人生は、天と地がひっくり返るくらい違っていただろう。
もし、それが叶っていたら、人生は崩壊せず、今でもあのときと同じように、管理職という立場で仕事をしていただろう。
または、独立していただろう。
今も昔も、運命なんてものは、木刀一本があるかないかくらいの差で天と地を分けてしまう……、そういう概念なのだろう。
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