キスしたあとの、ほのかに香るビールの味

あれは疑似恋愛までいかないゲームの世界だった。

それを含めても、私の恋愛時間は、人生で24時間いかない。

私に、受刑者、自死行為実行者、路上生活者、精神病棟患者という肩書がつく数年前のことだ。

マンションの一室で、あの人妻と2人きりだった。

男女の間柄になる予定だったのにならなかったのは、私の破壊された精神のせい。

私の恋愛対象は、同じ天涯孤独による事実婚希望か、駆け落ちができる人のみ。

それ以外はムリ。

だから、最初から可能性はゼロだった。

あの日、高熱で寝込んでいた。

安価のシングルベッドはボロボロで、今にも壊れそう。

彼女は寝ている私のすぐ横で、ベッドを背もたれにして座っていた。

その体勢で、冷えた缶ビールを飲みながらテレビを見ていた。

私は朦朧とした意識の中、エステシャンである彼女のサラサラのロングヘアーを、すぐ後ろから眺めていた。

缶ビールをカラにすると、今度は、次の缶ビールを開け、飲んでいた。

どれだけ時間が経ったのだろう。

私は、かろうじて意識のある状態で寝ていた。

「帰るね」

……。

突然、キスされた。

「また、明日来るね」

離れていく足音と玄関の扉が閉まる音を、朦朧とする意識の中で聞いた。

気が付けば、付けっぱなしのテレビの音だけが部屋に響いていた。

起き上がろうと不意に首を動かしたとき、唾を舌で転がした。

その瞬間だった。

ほのかに香るビールの味がした。

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