スイミング・プール

人は幸せという名の時空船に乗り、次から次へと、私の周りからいなくなった。

気がついたら、もう……、私しか残っていない。

水底から空を見上げると、水面があり、その先には、ぼんやりと映る幸せそうな2人の姿が見えた。

それも1組だけではない、2組、3組と……。

みんなが恋をしていた。

そうか……、時空船のたどり着いた先は、そこだったか……。


ここは石川県金沢市にある21世紀美術館だ。

まだ、自死行為をする前、通勤で、毎日のように、その前の道を通っていた。

ただ、それまで、そこには一度も行ったことがなかった。

あるとき、好奇心にかられて、初めて立ち寄った。

当然、いろんな作品があるんだけど……。

印象に残ったのは、やはり『スイミング・プール』という作品だ。

作者はレアンドロ・エルリッヒという、アルゼンチンの人らしい。

この人の意図していることと、私が感じることは全然違うのだろうけど……。


水底には普通に入れるようになっていた。

私は、そこにいた。

地上にある水面から、何センチ?何十センチ?だけ、水が入っているという作品だった。

その水が入っている透明のガラスの下に私がいるという状態だ。

地上の水面は、外にあるので、普通に太陽の光が差し込んでいた。

たまたま、このプールの水底にいたときに、空を見上げたら、その光とともに、たくさんのカップルが水面越しにこちらを覗いていた。

もちろん、水を挟んでいるので、ぼんやりと見えるだけだが……。


私は、小学生のときには、すでに、家族なし、友人なし、恋人なし、結婚なし、子供なしで終わる1回きりの人生という未来図に確信があった。

小さい頃から、ずっと思っていた。

いずれ、私の世界からは誰もいなくなるとね……。

だから、あのとき、時間よ止まってくれ、または、ゆっくり流れてくれないか?って思いながら、私の世界から消えていったみんなの後ろ姿を眺めていた。

私はそっちの世界には行けないから、少しでも長く、この可能性のある時間帯に居たいんだと……、そう思っていた。

だけど、人々は幸せという名の時空船に乗り、次から次へと、私の周りからいなくなった。

気がついたら、もう……、私しか残っていない。

あのとき消えていったみんなが、水面越しに私を見ている。

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