テレビカード

銀行の駐車場に車を止めた。

運転席に座ったまま、何気なく、財布からキャッシュカードを取り出した。

確信を持って取り出したのに、それはキャッシュカードではなかった。

昔、清算し忘れたテレビカードだった。

間違いに気づき、すぐに、次の行動を起こそうとしたけど、先に精神がフリーズした。


このテレビカードは、私が長期入院していたときに使っていたものだ。

入院経験のある人ならわかると思うけど、病院のベッドには、小さなテレビと冷蔵庫が取り付けられている。

それらを使うには、病院の売店で、テレビカードを購入しないといけない。

そのカードを使うことで起動できるしくみになっている。

テレビカードは、昔のテレホンカードと同じで、使用中は、度数が減っていく形となっている。

退院するとき、テレビカード精算機に、このカードを入れて、残高分を現金化できるしくみになっている。


私は、毎回のように病院を脱出しているため、清算していない。

あとから、請求書が自宅に送られてくるが、これはテレビカードとは関係ない。

脱出したその日までの入院費用の請求書だ。

テレビと冷蔵庫の使用は、度数が減った分しか使ってないので、本来なら余った分を取り返しに行かないといけないが、行っていない……。


病院は、拘置所や刑務所よりも、遥かにツラくて苦しい場所だった。

これは、この家族主義国家日本で、会話の相手とメールの相手が1人もいない天涯孤独である私にしかわからない。

そんな時間が、20年、30年……と続いたら、人間は正常ではいられなくなることを、私は人生経験として知っている。

テレビカードを見ただけで、そのときの背景が浮かんでしまった。

精神が止まると、しばらく、何もできない……。

ひどい時は、警察官に囲まれて、ようやく解放される感じだ。

『本当の孤独』に陥ると、精神が、いつ、どんな場所で、何がきっかけで止まるかわからないね。

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