アンブレラ

少し強めの雨が降っていた。

傘をさしていた。

今日は、肌寒い一日だった。

私は、兼六園下の交差点から香林坊に向かって歩いていた。

進行方向側の歩道を歩いていた。

出所した日も、同じように雨が降っていて、この道を歩いた。


私は、いつも独り……。

この世に、会話の相手とメールの相手がいない。

同じ1回きりの人生なのに……。


いつものように、無念と悔しさに包まれながら歩いていた。

すると、突然、近くで声がした。

若い男女の声だった。

崖の上から聞こえた。

この崖の上には、兼六園の入口がある。

足音も聞こえた。

それらの音は、だんだん大きくなっていった。


この場所には、崖の上から、急な下り坂になっている道があって、少し先で、私の歩道と合流している。

どうやら、この2人は、そこを歩いているようだ。

もう、この時点で、私は嫌な予感がしていた。


案の定、数十秒後に、2人は歩道に合流した。

歩くスピードの関係上、この2人より前に行けず、2人の背中を目の前で見る形になってしまった。

1つの傘におさまる恋する2人の姿が、私に突き刺さる。


「電車の時間まで、どこに行く?」

「しばらく歩こうよ」

「でも、雨が降っているし……」


2人の会話が目の前で聞こえる。

身体を寄せ合っている。

会話のトーンと内容がとても落ち着いている。

長い付き合いのようだ。

一瞬で、いろんな感情が交錯する。

怒り、妬み、切なさ、無念さ、寒さ、悔しさ、辛さ、苦しさ、悲しさ、虚しさ……。

私が、この1回きりの人生で、1秒も経験していない光景が目の前にある。


ああ……。

出会えない運命と人生が死ぬほど悔しい。

一番生まれてはいけない人間に生まれて、一番送りたくない1回きりの人生だった。

無念すぎて無念すぎて……、無念すぎて無念すぎて……。

こんな会話を、あと何分、聞かされるんだ?

道を曲がりたいけど、曲がる道がない。

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