未視感

朝、いつものように車で出勤する。

片側一車線の県道は、コンビニ、ガソリンスタンド、住宅地といった景色が続く。

渋滞をドロドロと進む。

すぐ横の歩道を歩く小学生の列が、ごく自然に飛び込んでくる。

日常の光景なのに、なぜか記憶に無い。


また、飛んでしまったか?

解離性障害の私は、時々、飛んでしまう。

気が付いたら警察官に囲まれていたということも、1年に1回は起こる。


今から向かおうとしている場所がどこか?までは飛んでいない。

何をしようとしていたかもわかる。

周りの光景だけが飛んでしまったようだ。

無意識のうちに信号待ちをしていた。

赤信号なので、私の判断は間違っていない。


歩行者が私の車の前を横切っていく。

交通整理のおじさんが、笑顔で子供たちを迎えている。

手を差し出すおじさんに、ランドセルの少年少女が、ジャンプしてハイタッチしていく。

愛くるしい笑顔のこども走りが、たまに、現れたりもする。


私は運転席から、吸い込まれるようにそれを見ていた。

おじさんの笑顔が印象的だ。

いくつもの山と谷を越えた、定年後のおじさんの人生……、毎朝の日課なのだろう。

無邪気だった子供時代を、ほのかに思い浮かべているはず……。


私は記憶が破壊されているので、その頃のことは断片しか残っていない。

小学生たちの笑顔が、私を異次元に飛ばしているような気がする。

実際に、さっき、飛んでしまった。

この光景に記憶が無い。

初めて見たような感覚になっている。

私から飛んでいった何かは、何だったのだろう。

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