179 新たな組織編成
次も失敗した場合、眠る日数は倍の八日間かと思われた。
これが最後のチャンスかもしれないと試してみたものの、結局は上手く行かず、再び眠りに落ちた。
けれど目覚めたのは二日後で、どうやら倍数というわけではなさそうだった。
下旬には大樹公も上洛してくるらしく、新選組は警護などで今以上に忙しくなる。
だからそれまでには何としても伝えたい。こんなわけのわからない力に負けたくない……と、きちんと食事と水分の補給をしては、ほとんど日をあけることなく繰り返した。
口頭がダメなら文字で、文字がダメなら逆にあらゆる結末を想像してもらい質問形式にしてみたりと、思いつく限りのことを試してみた。
けれど……。
どれだけ痛みや恐怖を堪えても、まるで全てお見通しだと嘲笑うかのごとく、毎回私の意識を強制的に奪っていった。
そんな中、わかったこともあった。
眠る時間はバラバラで、規則性はなさそうだということ。
毎度襲い来る痛みや恐怖は、回数を重ねるごとに増していく……ということ。
試し初めてから半月以上が経過し、閏五月もいよいよ下旬に差し掛かる頃になっていた。
大樹公の上洛を数日後に控えたこの日も試みてみるものの、やっぱり襲い来る。いっそ、今すぐ殺して! と叫びたいほどの痛みと恐怖に全身全霊で抗っていれば、土方さんの大きな声とともに身体を強く引かれた。
「春っ!」
「……ッ!?」
今、何て……? 名前で呼ばれた……?
しかも、土方さんの腕の中にいる!?
失われていた酸素を求め必死に呼吸をしながら状況を整理しようとするも、腕の力は強まり、なぜか土方さんまで苦しそうに言う。
「もういい……。頼む、もうやめてくれ……」
「……で、も」
「言ったはずだ。危険だと判断した時点で終わりだと」
「そう、ですけど……まだ、大丈――」
「お前の大丈夫は当てにならねぇって言っただろうが」
よっぽど見苦しい光景だったのかな……。
それでも、試していいのは今回限り。ここで諦めてしまったら次はない。
「せめて、もう一度だけ……次こそは、必ず――」
「何度やっても同じだ。お前だって、本当はもう気づいてんだろう?」
やっぱり、土方さんはいつだって何でもお見通し。
それでも次こそは……一度くらいはって……。ここで私が諦めてしまったら、もう……。
「言っただろう。お前は一人じゃない、俺たちもいるんだ。一人で何でもかんでも背負い込もうとするんじゃねぇよ」
私を包む腕とその声は、整いつつ合った息を再び乱すように、優しくゆっくりと力が込められる。
そして、身動ぎ一つできない私に降り注ぐのは、土方さんの温かな声だった。
「よく頑張った。お前は十分やったよ」
「でも……」
「終いだ」
締めくくる言葉は酷く優しかった。
促されるまま黙って小さく頷けば、悔しさと安堵の入り混じった涙が頬を伝い落ちる。
放っておいてくれてもよかったのに……。
「お前は諦めたわけじゃねぇ。俺が勝手に終わらせたんだ」
そう言って、当然のように涙を拭ってくれるのだった。
繰り返し眠っている間、新選組の組織編成は大きく変わり、江戸から戻ってくる時に土方さんが話していた構想……一番から十番の組分けがなされた。
そして、副長助勤だった伊東さんが、新設された参謀という役職についた。
沖田さんら副長助勤が各組の組頭を努め、各組には二人の伍長、伍長の下にはそれぞれ五名の平隊士がいて、計十二名の隊士を率いる。
一番組 沖田総司
二番組 永倉新八
三番組 斎藤一
四番組 松原忠司
五番組 武田観柳斎
六番組 井上源三郎
七番組 谷三十郎
八番組 藤堂平助
九番組 三木三郎
十番組 原田左之助
以上の組頭を筆頭にした各組を統括するのは、もちろん副長の土方さんだ。
そして、伊東さんが就任した参謀は副長よりも上の役職だというけれど、指揮命令系統は局長から副長、副長から組長となるので参謀は入っておらず、相談役といった位置付けらしい。
そんな伊東さんが組分けの際、私にも一組持たせてはどうか、などと提案したという。
私は地位や名誉が欲しいわけじゃない。
そんな私の想いを知っている土方さんが、今は体調が優れないことを理由に断ってくれたらしい。
ちなみに、私は
大樹公上洛の日は、生憎の雨だった。
今月に入ってからほとんど眠っていたせいで、端からみれば今は病み上がりという状態。
落ちた体力を回復するように、と局長の近藤さんに留守番を言い渡されてしまい、本当の理由を言えないことも含め申し訳ないと思いながら、縁側の近くで雨を眺めて過ごしていた。
せっかく未来から来たというのに、私には知らないこと、できないことが多過ぎる。それでも、いつかのように後悔してただ俯くだけはもう嫌だから。
どんな現実であろうとしっかりと自分の足で立ち、みんなのようにきちんと前を向いていたい。
次第に弱まる雨がようやく止んだ頃、静かだった屯所内が賑やかになった。
入京する大樹公を三条蹴上で出迎え、二条城まで警護にあたると言っていたみんなが帰って来たらしい。
しばらくすると、土方さんと……なぜか伊東さんが一緒に部屋へやって来た。
伊東さんは土方さんと対面で座るなり、どこか意味ありげに私の方をちらりと見た。
「琴月君を、私の補佐役に配属していただけませんか?」
「……は?」
思わず私まで、は? と口にしてしまいそうになった。
呆気にとられる私たちを気にすることなく、伊東さんは言葉を続けていく。
「彼の思想や働きぶりを高く評価しているのは、私だけではないはずです。いつまでも何の役職も与えず今のままというのは、他の隊士たちの士気にも関わるでしょう」
「ここ最近、こいつが臥せっていたのは知ってるだろう。そんな状態で隊士たちの指揮なんざ取れねぇよ」
「ですから、私の元へ預けて頂くのが宜しいのではないかと」
私はただの平隊士だけれど、
伊東さん曰く、このまま実動部隊であるいずれかの組に属するより、参謀である伊東さんの側で働く方が身体への負担も少ないのではないか、ということらしい。
ここ最近ずっと眠っていたせいで、身体が弱いと思われている気がする。おまけに、私のことを過大評価し過ぎている気もする……。
そんな風に気を遣ってくれる親切心は素直にありがたいけれど、それでも私は今のままがいい。
訴えるように土方さんを見つめれば、土方さんは眉間に皺を寄せながら腕を組んだ。
「わかった」
……え、わかった? わかったってどういうこと?
まさか、私は伊東さんの補佐役に回されるの!?
どういうことかと問い詰めるように見つめていれば、土方さんが大きなため息を一つつき続きを口にする。
「今後、琴月を副長助勤と同格という扱いにする。それで問題ねぇだろう?」
ど、どういうこと!? 問題な……いや、大ありだろう!
同格って、同じって意味にしか聞こえないのだけれど!?
当事者の私を置き去りにして二人は勝手に話を進めると、伊東さんは納得したように爽やかに微笑んだ。
「琴月君。あなたの行いがきちんと認められ、良かったです」
いや、待って。何が良かったの?
だいたい副長助勤と同格って何!?
呆然とする私を気にすることなく、伊東さんは満足げに部屋を出て行った。
閉じた襖を見つめる私に、土方さんが言う。
「琴月」
「はい?」
「そういうことだ」
「……嫌です」
突然過ぎるうえに、勝手過ぎる。
全然納得がいかず、早急な撤回を求め詰め寄った。
けれど土方さん曰く、副長助勤と同格とは、他の助勤たち同様副長の直属ではあるけれど、他の助勤のように組を受け持ったりはせず、私の下にも誰もおかないのだという。
だったら今まで通りでいいじゃないかと訴えるも、副長直属という位置におくことで、今後他の誰の下にもつけさせないようにするためなのだと。
「それとも、伊東さんの補佐に就きたかったか?」
「……もっと嫌です」
「当然だ。伊東さんに、そう易々とくれてやるかよ」
だからって突然過ぎる。いまだ納得しきれないでいれば、それとな……、と少し言い辛そうに苦笑した。
「総司の調子が悪そうな時は、お前が補佐に回ってやれ」
「私が……?」
……ああ、そういうこと。
今思えば奇跡にも近いことだったのかもしれないけれど、土方さんは薄々勘づいている。
病名こそ知らないけれど、沖田さんが何らかの病で亡くなることに……。
だからこそ、私を助勤と同格にしておくことで、いざという時は沖田さんを補佐し、ちゃんと休ませられるようにするつもりなんだ。
そういうことなら受け入れざるを得ない。
「それじゃあ、私は一番組ですか? ついていけるか心配ですけど……」
「いや、お前はこのままどこの組にも属さず、俺直属の助勤という扱いにする」
「わかりました」
といっても、今までと大して変わらないらしい。人手が足りないところにその都度あてがうらしく、巡察だっていつも通り出ることになる。
それ以外の隊務では、各組頭から要請があればその都度応援につくという形にするらしい。
確かに、これまでとあまり変わらない気もするけれど、ちゃんと休みはあるのだろうか。
甘味屋へ行く暇もない、なんてことにだけはならないようにと願うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます