第6話 自己嫌悪に苛まれた。
〇藤堂周子
自己嫌悪に苛まれた。
あたしは…なんて醜い女なんだろう。
床に這いつくばって泣き叫んでいたあたしに…ジェフが、彼女を送ってくるよ…と言って出かけて。
あたしは…しばらく、床に横になったまま…そこからの眺めを夢のように見ていた。
散乱したケーキやカップ…
…ああ…瞳が帰るまでに片付けなきゃ…
ゆっくりと起き上がって、箒で掃いた。
膝をついて雑巾で拭いていると…車の音がした。
「……」
何も考えられなくて…ひたすら、ゴシゴシと床を拭く。
「…スー…」
「……」
「いったい…何があったんだ…?」
「……」
「あんな君は…初めて見たよ…」
ジェフは溜息をつきながら…ソファーに座った。
「…瞳は?」
「車で眠ってる。」
「……」
「…彼女は何も言わなかったけど…ニッキーの事か?」
「………あたし…なんて事…」
消えてしまいたくなった。
あたしを支えてくれようとしてるジェフを前に…
夏希と結婚する子に向かって…
あんな事を…
二人に、なんて酷い事を…
「…まだ…ニッキーを好きなのか…?」
「……」
何も言えなかった。
あの子には…夏希を愛してる…と叫んだのに…
ジェフには言えないなんて。
あたしはどこかで、ジェフを逃がしたくないって思っているのかもしれない。
…なんて汚い女…
「ジェフ…聞いて…」
あたしは床に座り込む。
「…あの子の事…妹みたいだって思ったのは本当よ…」
「ああ…可愛い子だ。」
「キラキラしてて…素直で…純粋で…瞳の事も可愛がってくれて…本当に、可愛い子だって思ったわ…」
本当に、眩しかった。
「なのに…憎かった…」
「……」
「あたしとは結婚しない…子供も要らないって言った彼が…あの子には…それを望んだ…」
体が…震える…
「どうして?って思いと…あんなに可愛い子なら…って思いと…二人を祝福したい気持ちは…もちろんあったし…」
止まってた涙が…また、出始めた。
「…それは、あなたのおかげだと思った。あの子にも、あなたを紹介したいって言ったし、サムシングブルーのリボンだって…ちゃんと…気持ちを込めて買ったのよ…?」
「スー…」
ジェフが、あたしを抱きしめる。
「…あたし…酷い事…」
ジェフは、あたしを優しく抱きしめて…頭を撫でてくれた。
そして、あたしが落ち着いた頃に…瞳を連れてきてくれた。
「…スー、明日、事務所に行ってニッキーに会うといい。」
「ジェフ…」
「ちゃんと、気持ちを伝えるんだ。そして…終わりにするんだ。」
「…そんな…彼は明後日旅立って…結婚するのよ?そんな、水を差すようなこと…」
「もう、差しただろ?」
「……」
「だから、今度はちゃんとニッキーに言うべきだ。そのうえで…祝福してやればいい。」
そうだ…
それがいい…
今まで、ずっと言えなかった気持ち…
「…ジェフ…」
「ん?」
「今夜は…泊まってくれない?」
「スー…」
「そばにいて欲しいの…」
…明日…事務所に行って、夏希に会おう。
そして、カプリにも行って…あの子に謝ろう…
ちゃんと…二人に…
おめでとうって…言おう。
ええ。
言えるわ…。
〇森崎さくら
周子さんの家から、ジェフがバーク公園まで送ってくれた。
「スーは…なんて言ってたんだい?」
と、何度も聞かれたけど…答えられなかった。
家に帰って鏡を見ると…酷い顔のあたし…
こんなの、なっちゃんに心配かけちゃうよ…
パシパシと頬を叩いて、気合いを入れた。
「おかえりー。」
いつものように、なっちゃんの帰りをハグで迎える。
「ただいま。」
なっちゃんはあたしの頭にキスをして。
「今夜はパーティーか?」
テーブルの上を見て、優しく笑った。
「…ちょっと張り切っちゃった。」
「そのようだな…俺に太れって?」
食べきれないほど作ってしまった料理を、明日の分ねってお皿に取り分けて。
ゆっくりといつものように食事して…一緒に片付けて…
シャワーして…ソファーで、明後日の話をして…
なっちゃんが、またトランクを開けるから…泣きそうなほど笑って。
…どうしよう。
本当に…こんな幸せ…あたしでいいの?って…
なっちゃんは、明後日からのオフ…頑張って入れてくれたから、実はすごくスケジュールがタイトで。
疲れてるはず。
なのに、あたしにそれを見せまいとしてる。
だけどさすがに…ベッドに入ると、すぐにうとうとしてた。
あたしはその寝顔を見て…もう、我慢が出来なくなって…
なっちゃんに背中を向けた。
…怖い…
怖いよ…なっちゃん…
「…さくら?」
声を殺して泣いてたのに…なっちゃんがそれに気付いた。
「…どうした?」
「…なっちゃん…」
「どうした?泣いてるのか?」
「……」
「…何かあったのか?」
「……抱いて…」
疲れるって分かってるのに…
あたしは不安で。
そうする事でしか、安心できないと思った。
「…どうした?」
「…怖いの…」
「怖い?何が…?」
「…幸せすぎて…怖い…」
「……」
なっちゃんは小さく溜息をついて。
「さくら。」
起き上がって、あたしを抱えて膝に座らせた。
「…何も変わらないよ。」
髪の毛を耳にかけて…頬を撫でてくれる。
「今までと…同じだ。」
「……」
「死ぬまで、ずっと変わらない。」
「……なっちゃん…」
なっちゃんの目は、あたしを愛しそうに見つめてる。
あたしはなっちゃんの首にしがみつくと。
「…愛してる…なっちゃんを壊してしまいそうなほど…愛してるの…」
ギュッと強く…強く、なっちゃんを抱きしめた。
「…俺は壊れないから。さくらが思うだけ愛してくれ…」
「なっちゃん…」
こんな事、今までなかった。
あたしは、なっちゃんの体のあちこちに唇を這わせて。
愛してるって…言葉じゃなくて、手で、唇で、肌で伝えたくて…
だけど、愛だけで大丈夫って思ってしまってる、幼いあたしの気持ちは…こんな事で届くの?って。
不安でたまらなかった…。
「さくら…愛してる…」
なっちゃんは何度もそう言って、あたしを抱きしめてくれた。
明日の仕事も忙しいよね…って、頭では分かってるのに…
あたしは、何度もなっちゃんを欲しがってしまった。
「……」
涙を我慢して…なっちゃんの寝顔を見入った。
…愛してる。
何度も…そう言ってくれた。
…あたしなんか、その何倍も、何百倍も、だよ…
なっちゃんが…
子供を望んでくれてるって知って…すごく、嬉しかった。
だけど…
誰かの不幸の上になりたつ幸せなんて…
ううん…誰だって、人を傷付けずには生きてけないよ。
「…なっちゃん…」
頬にキスをすると、なっちゃんは寝ぼけた顔で少しだけ目をあけた。
「あ…起こした?ごめん…」
「さくら…」
「え?あ…」
手を伸ばされて…ギュッと抱きしめられた。
「ちょ…なっちゃ…」
「くー……」
「……」
寝ぼけても…あたしの名前呼んで、抱きしめてくれるなんて…さ。
ほんと…
あたし、どれだけ幸せ者?
…明日、リトルベニスに発つ。
そして…ドレスを着て…
なっちゃんが昔行ってた教会で、式を挙げる。
…うん。
それでいいの。
それで…
本当に?
あたし…それで…幸せになれる?
周子さんの声が、耳から離れない。
瞳ちゃんの笑顔も…
あたしの事…
可愛いって…言ってくれた…
どうして、あたしなの?って…
…ほんとだよ…
なっちゃん、どうして…あたしなの?
周子さん、すごく素敵な人で…
瞳ちゃんだって、すごく可愛くて…
三人が一緒に居れば…どこから見たって、理想の家族だよ…
カーテンの隙間から、朝焼けが見える。
…なっちゃん…
あたし…もう、十分だよ…
こんなに幸せをたくさんもらって…
これ以上…なんて…
そっと、なっちゃんの手を外して…ベッドを出た。
服を着て…夕べ荷造りしたあたしのトランクを持った。
…大好きだったトレーラーハウス。
なっちゃんとの思い出がいっぱい詰まった、この場所…
ハロウィンも、感謝祭も、クリスマスも…
なっちゃん。
あたし、忘れないね。
なっちゃん。
愛してる。
なっちゃん。
……ごめん。
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