第22話 加速する気持ち
今日私は、玲音くんのジムのトレーニングを見学しに来た。
たった二ヶ月でどうやってあそこまで痩せたのかが気になっていたの。
勿論、頑張っている玲音くんを見てみたいっていう気持ちの方が大部分なのだけど……。
でももう一つ思惑があって、私もちょっと腕回りとか脂肪が気になっちゃっているから、ダイエットの参考にしようかなって思っていたの。
そんな風に軽く思っていた私なんだけど――
「おら、ペース落ちてるぞ!! 手ぇ抜くなっ!!」
「おおおおおおおおおおおおっ!!」
サンドバッグに向かって、全力で殴り続ける玲音くん。
かれこれ三分はずっとやっている。
玲音くんに対して罵声を浴びせている人は、どっかのテレビ番組で見た事ある人だった。
相当スパルタだけど、数多くのチャンピオンを育てている名トレーナーだったはず。
実際とんでもなくスパルタで、すでに玲音くんは苦しそうな表情をしながら汗だくだ。
「家入、女が見学しに来ているからって俺は手を抜かんぞ! お前は太りやすい体質なんだ、その体型を維持したいならオーバーワークがちょうどいいんだよ!!」
「くっ、おおおおおおおお!!」
「まだ足りねぇ!! 後一分追加だ、しっかりやれ!!」
玲音くんは一切文句を言わずに、ひたすら殴り続けている。
あまりの本格っぷりに、私達は圧倒されていた。
由梨絵ちゃんに半ば無理矢理連れてこられた佳苗ちゃんだけど、実は《乙女同盟》を立ち上げたリーダーだったりするの。
彼女は今幼馴染みに恋をしていて、色んな女子から恋愛事情を聞いて自分の糧にしようって思ったみたい。
ちょっとお堅い性格だから、色恋には疎いけどすっごく興味があるんだとか。
佳苗ちゃんは常に冷静沈着なクールビューティを貫いているんだけど、そんな彼女が口を半開きにしてしまっている。
多分、私もそんな表情をしていると思う。
美並ちゃんは過酷なトレーニングに釘付けだった。
美並ちゃんは一年生の後輩から猛アタックをかけられていて、相談に乗って欲しくて《乙女同盟》に入っていた。
話を聞いている限り満更じゃなさそうだからくっついちゃえと皆から言われているけど、どうも踏ん切りがつかない様子。
そんな彼女、実は格闘技好きだったみたい。
目が本当に輝いている。
そして彼女達を引っ張ってきた張本人である由梨絵ちゃん。
若干引き気味だった。
「うっわ……」とか「無理無理ぃ……」とか「さげぽよなんだけどぉ」と呟いていた。
……さげぽよ?
そんな由梨絵ちゃんは複数の男子にアタックをかけていて、どっちかとくっついたらその人一本で行くという、まるで大学受験みたいな感じで行動をしている強者。
実際メンバーの中で一番身長が高くて胸も大きく、素肌を惜しみ無く露出させているから男子には困っていないのだとか。
《乙女同盟》の中では一番恋愛経験が豊富なの。
アドバイスに回る事も非常に多く、的確なのも素晴らしい。
そんな彼女が引き気味なので聞いてみた。
「由梨絵ちゃん、何が無理なの?」
「いやいや、だってぇ……。あんなに真剣になれる男は無理っしょ」
「えっ、素敵じゃない。玲音くん、すっごく格好いいよ?」
「そりゃ絵理奈っちは惚れちゃってるからそう思うけど、私は違うの」
由梨絵ちゃんが一度ため息をつく
「ああいう真剣な男って、恋愛でも一筋なの。でもそういう奴って、高確率で束縛が激しいんだよねぇ……。それなりに遊んでて余裕がある男の方が、私にはちょうどいいの……」
そ、そうなんだ。
過去に何かあったのかな、由梨絵ちゃん。
でも束縛、束縛かぁ。
実際もし私と玲音くんが付き合ったら、束縛されちゃうのかな?
なんて考えていると、玲音くんのトレーニングが一旦終了となった。
すごいよね、あんなペースで一分休憩挟んで五セットもやったんだから。
玲音くんが汗だくになって肩を大きく上下に揺らしている。
相当疲れてるみたい。
「ああ、あっついっ!!」
玲音くんは突然Tシャツを脱いだ。
そして、その鍛え上げられた上半身を私は目撃してしまった!
無駄なく鍛え上げられて、そして六つに割れた腹筋が見事過ぎて、私の心拍数が跳ね上がる。
流れていく汗の滴が落ちていくのもセクシーだし、鎖骨がはっきり浮き出ているのが魅力的過ぎた。
私より四つも年下なのに、こんなにも格好よくてセクシーなんて反則もいいところだ!
他の三人も声を揃えて「素敵」って言っていた。
何か、玲音くんの事を好きになり始めてる?
「あ、あいつより素敵なのは認めるわ。でもやっぱり一番はあいつよ、あいつ!」
まるで自分に言い聞かせるように言っている佳苗ちゃん……。
「あぁ、何て素敵な胸筋、腹筋!! 上腕二頭筋なんて無駄な膨張をせずに引き締まっていて、ああっ! 闘う為の体って感じですぅ!!」
うん、美並ちゃんは大丈夫そう。
「やっば、超やばっ! 四人目に入れておこうかな?」
あっ、由梨絵ちゃんが一番危険だった。
私は彼女の肩を掴んだ。
「じょ、冗談だって、絵理奈っち♪ ははははは……」
……本当かな?
でも、皆が見惚れちゃうのもわかっちゃうな。
ただでさえ格好いい玲音くんが、あんなに真剣にトレーニングをしている姿はさらに格好よく見える。
しかも身体も相当引き締まっているから、目のやり場に困ってしまう。
汗を拭いている姿も真剣そのもので、見ているだけで胸がドキドキしている。
やっぱり私、玲音くんに恋してるなぁ。
すると、玲音くんと目が合った。
さっきまで真剣だったのに、目が合った瞬間に眩しい笑顔を私に向けてくれた。
「絵理奈に見られていたから、いつも以上に頑張っちゃった」
その言葉に顔が熱くなる。
その笑顔に心臓が歓喜の声を上げて脈拍数を上げる。
好きという気持ちが、さらに加速していく。
玲音くんを知る度に、今まで知らなかった好きという感情が溢れてくるの。
苦しいし切ないけど世界の色が一気に鮮やかになった。
私の世界は、とってもカラフルになった。
つまらなかった学校だって楽しくなったし、いなかった友達も玲音くんに恋してから増えた。
……まぁ《乙女同盟》という変な繋がりのおかげでもあるんだけど。
恋をしてから世界がカラフルになった。だから私も少しだけ変われてつまらない人間から普通の人間にようやくなれた気がした。
本当に、玲音くんに出会えた事は、私にとっては奇跡に近いんだろうな。
今私はどんな表情をしているのだろう。
きっととてつもなくだらしない顔なんだろうな。
それでも、私は可能な限りの笑顔を作って、玲音くんにこう言った。
「玲音くん、お疲れさま!」
絵理奈が俺に労いの言葉をくれた。
その言葉も嬉しいんだけど、一番心に直撃したのは絵理奈の笑顔だった。
気持ち頬が赤いけれど、くしゃってなった笑顔に愛しさが溢れてくる。
だめだ、これ以上直視したら俺の心臓はもたない。
俺は下を向いてタオルで顔を拭くフリをした。
すると会長が後ろでそっと呟いてきた。
「お前、お疲れ様って言ってくれた子に惚れてるな? 分かりやすい奴だなぁ」
「……ぅっさいっす」
そんなに分かりやすいだろうか。
ちょっと恥ずかしくて目を瞑るが、瞼に絵理奈の笑顔が焼き付いていた。
ああ、心臓を落ち着かせようとしたのに、これじゃ全然落ち着きやしない。
その笑顔が成長してさらに眩しさが増した。
俺はこうやって魂が巡って、また彼女と出会えた。
そして恋をした。
絵理奈と出会ってから、俺の人生はジェットコースターのように景色が常に変わっていく。
あまりにも移り変わる景色の速度が速すぎて、ついていくのがやっとだ。
絵理奈が与えてくれた、新鮮で楽しい体験だ。
だけど俺は楽しいだけで終わらせるつもりはない。
俺は欲しいものは正々堂々と手に入れる、これは前世からずっとそうだった。
今世でも俺はそのスタンスで行く。
この恋は実らせてみせる。
自分の身を守る為に、ダイエットの為に始めたキックボクシングだけど、今は今後も降りかかるであろう絵理奈に対する男の魔の手から守れるだけの力が欲しい。
だから痩せた今でもジムに通い、身体を鍛え続けている。
絵理奈はよくも悪くも容姿端麗で、様々なタイプの男を惹き付けていくだろう。
……俺も惹き付けられた一人だけど。
でもそんな中で家族以外で気を許してくれている男は恐らく俺だけだ。
こんなチャンス、逃す訳がない。
前世の記憶がある時点で、ピュアな恋愛なんて出来やしない。
打算もりもりで絵理奈と仲良くなって、恋仲になってやる。
絵理奈には悪いが、前世と同様に肉食なんだ。
それなりに積極的にいかせてもらう。
勿論、嫌われない程度にね!
「家入、ちょっと肩入れしてやる。あいつとスパーやってカッコいいところを見せてやれ」
「会長、今ほど貴方に心から感謝した事はありません!!」
「あぁ!? お前をそこまでの肉体にしてやった事は感謝してないってのか!?」
「トレーニングは地獄だったんで、感謝半分憎しみ半分っすね」
「……このやろう」
ふと、また絵理奈と目が合った。
絵理奈は笑顔で俺に小さく手を振ってくれた。
俺は嬉しくて、自然と笑みが溢れた。
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