Episode.12

反逆者のカノン

 騒々しい喧騒の北アリステラのモノレール駅に、アイラ・レインとエルリック・ハルバードとイレブンは居た。

「はぁー、なんだろう。半年も経ってないのに、凄く久し振りな感じがするね、エル、イレブン」

「そうだな」

「長い間いたわけじゃないから、まぁ、当然ね」

 アイラはニコニコと楽しげに微笑を浮かべながら、手の中にある封筒に目を向ける。

 ドトール社宛に届けられた封筒だ。中身はチケットが三枚。キナン・トーリヤ、フラウ・シュレイン、シャルティエ・クゴットから送られたものだ。

「楽しみ!早く行こう!」

 アイラはエルリックとイレブンの手を引いて、ずんずんと目的地へ向かって歩き始める。


 街の様子はどこも変わった所はなく、ただ新しい市議を選ぶポスターが貼られていたり、街頭演説を行なっている議員候補へ群がる人の様子だったりが、ここへ来た当初とは違った様子だった。


 あの日。

 ゴードン邸から逃げ出した後、メメットが呼んでいた警察に音声レコーダーとゴードンの身柄を渡した。また別の場所から逃げ出していたヨヒラ達四人からの証言により、倒れていたレッドの身柄も拘束された。

 勿論アイラ達も警察に任意同行という名目の連行をされて事情聴取を受けたが、アイラが持っていたレコーダーやキナンの足の状態から見て、嘘を吐いてはいないだろうと判断されて、早々に事情聴取からは解放された。

 エルリックは〈切裂きりさき魔〉の件があったが、今回の功績とアイラ・レインの特殊監視義務を受けて、殆ど恩赦に近いものを受けて釈放された。

 ゴードンは、アリステラ市議を強制的に辞任され、レッドが取締役をしていた会社は、トップがすげ変わって別の機械部品を作ったり細々としたアンドロイド制作を行なう会社に変わった。


 アリステラは大きく変わった。

 それでもその波は一日を過ぎるたびに変化の波は浸透していき、今ではもう誰もその話題を「過去」のものとして扱っている。


 今日の三人の目的地であるエレーノ劇場へ近くなると、人通りはどんどん増えていっている。その人に流されるようにして、三人は劇場へと向かって行った。

 エレーノ劇場の看板が見えて来た頃、ふと三人の姿に気付いた人物が居た。

「あ、お前達」

「ヨヒラさん!」

 ヨヒラ・ラエネックである。

 仕事中なのだろう、暑そうな制服に身を包んでいる彼は、小さく帽子を上げて頭を下げて、アイラ達は彼の側に寄った。

「すごい人だね」

「あぁ。そりゃ、今までの音楽はラジオからの垂れ流しばっかりだったんだ。目の前で歌って見えるアイドルの売り文句が、それなりに効いてるんだろうな」

 ヨヒラは冷静に分析し、それからしっしっと追い払うように手を動かす。

「さっさと中に入って楽しんで来い」

「頑張ってください!」

 ヨヒラはさっと手を振ってから、列の整理をする仕事へと戻って行った。

 そうして三人は中へと入る。


 最初に三人で来た時と変わらない、記憶の中のエレーノ劇場がそこにはあった。

 ただ、あの時よりは多くの客が入り、いくつものスポットライトがステージを照らして、今か今かとその時を待ち侘びている。

 一般の、アイラ達と同じくチケットを持って来場している者が殆どだが、事務所関係者や浮浪者達が一階の席に座っていた。

 前からのお客様も大事にしたい。例えチケットが買えないような人間だとしても、昔からの縁を大切にしたい。

 そうした三人きっての頼みにより、彼らはいつも通りに席に腰を下ろして、安くて温かみのあるワインを口に談笑していた。

 アイラ達に用意されている席は、二階部分だ。

 その前に三人はキナン達の居る裏方の方へ足を進めた。

「キナンくん、フラウくん、シャルちゃん」

「アイラさん!」

 シャルティエが一番最初に気が付き、たっとアイラ達に駆け寄った。

「…凄い衣装ね、それ」

 シャルティエは煌びやかなドレスに身を包んでいる。初めて出会った時も小綺麗な服を着ていたが、それよりも格段に洒落た今どきの物だった。

 聞くと、プロデューサーであるアズリナ・レーヴィスが用意したものらしい。

「私は前のでいいって言ったんだけど…、聞き入れてもらえなかったんだよね」

「可愛くていいじゃん。私は好きだよ」

 アイラはよしよしと灰色の髪の毛を撫でる。

「おーい、シャル!そろそろちゃんと準備して…って、わぁ、皆さん!」

 ひょこ、と舞台袖からフラウが顔を覗かせて、嬉しそうに顔を輝かせた。その声をキナンも聞いたようで、フラウが顔を出しているその上からキナンも顔を出した。

 二人共、シャルティエと似たような色合いの服装をしていた。

「来てくれて嬉しいです。上、父さんも居るから」

「それは是非挨拶しないとね」

「貴方達も…。本当に、衣装一つで印象が変わるものね」

 イレブンの言葉にシャルティエは「でしょ?!」と嬉し気に言う。イレブンからすると冗談交じりの揶揄い文句だったのだが、こうもあっさりと正面から言葉を受け止められると、何も返す言葉がなく黙ってしまった。

「えっと…。キナンくん、顔色悪そうに見えるけど…、大丈夫?」

「あ、あぁ、別に。シャルと歌うのは今までもやって来たし、全然問題ねぇよ、問題ねぇ」

「そ、そう?ネクタイ曲がってるし、汗凄いけど」

 アイラの指摘通り、キナンはかなり緊張しているようであった。それでも彼は強がって、「大丈夫」「問題無い」の一点張りだった。

 シャルティエもフラウも場慣れしているが、キナンは人手が足りない時だけ歌うので、場数をあまり踏んでいない事もあるのだろう。他二人より明らかに緊張しているのが分かった。

「キナン!」

 シャルティエはぎゅっとキナンの手を握り、にぱっとはにかんで見せた。

「大丈夫、失敗しても私が何とかするから!気にしないで!ほら、昨日まで一生懸命練習したし、歌詞を覚えるのも頑張った!それに緊張するのは、頑張った証拠だって父さんも言ってたし…ね?」

 ぶんぶんとキナンの手を握り締めるシャルティエは、笑顔のままだった。キナンはそれを見ていると幾分か気持ちが落ち着いて行くのを感じた。

 フラウはそれを片目で眺めながら、ととっと三人へ近付いた。

「えと、向こうの階段から上がれます。少し暗くなってますから、気を付けて」

「おー、ありがとな」

 そうして三人と分かれて、階段を上がって二階へと向かう。

 前は使っていなかったので気にしなかったが、今はたくさんのスポットライトが光を放っていた。

「……来たか」

 そこで煙草を咥えているオリエット・アーダースが手すりに体重をかけて立っていた。そこからはステージが見下ろせる、まさに特等席だった。その横ではスーツを着た美人プロデューサーのアズリナ・レーヴィスがいる。

「お久しぶりです、オリエットさん」

「畏まらなくていい。ガキ共の面倒を見てくれた礼を、俺だって言いたいんだからよ」

 彼はにっと笑ってそう言った。

 そうして、スポットライトがある一点に絞られた。

 ギターの音が鳴り始める。フラウが座って奏でている。

 舞台袖からシャルティエがキナンの手を引いて、フラウの横に二人で並ぶ。

 いつもと違う衣装に興奮しているようで、浮浪者達も一般客も大声で歓声を上げる。

 オロオロしているキナンに苦笑した笑みを向けてから、シャルティエは会場の座っている客全体を見て――片目を閉じて口元に人差し指を持って行った。静かにして、と暗に言っているが、それでも嫌な感じ一つしない。

 たったそれだけの行動で、騒がしくなっていた劇場はしんと静まり返った。

 それを見てから、シャルティエはフラウに視線を投げかける。

 フラウはそれに応じて、ゆっくりとギターをかき鳴らし始める。シャルティエが最初のフレーズを歌い始めた。

 相変わらず、澄んだ綺麗な声で。それは久し振りに聞く浮浪者の心を温かくし、初めて聞く一般人の度肝を抜いた。

 シャルティエは笑顔を浮かべたまま、そっとキナンに手を差し伸べる。キナンは小さく頷き、その手に自らの手を乗せてゆっくりと歌い始める。

 澄み渡る高音に響き渡る低音。時折、フラウがバックでコーラスを歌う。

 その歌声が劇場の中を彼ら三人の世界へ書き換えていく。


「思った以上だわ…」

 アズリナはその様子を目を輝かせて見続け、オリエットは久し振りに聞く子ども達の声に穏やかな表情をしている。

 イレブンは歌詞の意味や解釈などを考え、エルリックは三人の声で作られるハーモニーを面白そうに聞いていた。


 アイラは歌詞を聞く。

 シャルティエは愛の独白をしている女の役。何も知らなかった少女が、愛を止めどなく注がれる事に戸惑い、その手から離れて自由になりたいと歌う。

 キナンは愛を注ぎ続ける男の役。愛した女を失った男は、彼女によく似た少女へ愛を与える。それから逃れようとする彼女を男は必至に止めようとしている。


 この歌詞はアズリナと三人と、作詞家の五人が考えたものだそうだ。彼らが最初の曲はこのタイトルで、こういった思いを入れたいと言った。

 忘れてはいけない、自分達が関わった事件を。三人は小さく笑い合いながらそう言っていた。


 この曲のタイトルは、チケットにしっかりと書かれている。





「反逆者の追走曲カノン

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反逆者のカノン 本田玲臨 @Leiri0514

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