笑う男
フラウが殴って無理矢理作った入り口は、裏口であったらしい。すぐにキナンは表通りに出ようとしたが、抱えられているシャルティエがそれを阻止するように腹部を軽く蹴った。
「痛ぇ、シャルッ」
「そっちにも人がいる...、三人くらい。後ろの追っ手と挟み撃ちになるから、二が他方がいい」
「っ分かった」
シャルティエの言う事を素直に聞き、キナンは足音のしない方向へ足の力を使わずに走って行く。フラウとヨヒラはその後を追って行く。
「あ、あの、フラウくん」
「フラウでいいですよ。何ですかッ?」
「あの子...、シャルは何でヘッドフォンしてるのにっ」
「あ、そっか...、お兄さんは知らない...」
そこでキナンの足が止まり、フラウとヨヒラの足も止まる。
路地裏の少し広い土地。恐らくごみ捨て場になっているのであろう、コンクリートの壁で進めなくなっている。
「っキナン」
「迎え撃つ。あれくらい、気絶させんの余裕だろ」
シャルティエを下ろしながら、キナンはフラウへそう答えた。
「こんだけの人数だと、キナンの足でも無理そうだしねぇ」
呑気な様子でシャルティエはそう言い、ミニガンのグリップを強く握った。
気付けば既に前方は塞がれており、金髪の男は口角を上げて四人を見ていた。
「袋の鼠とは、まさにこの事...って奴だな」
「ハルバの言葉を私達は知らないから、言っても分かんないよ。...まぁ、この事態を示しているっていうのは分かるけどさぁ」
呆れた調子でシャルティエはそう言い、ミニガンを適当に近くの男の心臓部分に向ける。
「私達は、貴方達に今殺されるわけにはいかないんだよ」
鋭くなった瞳に、金髪の男はくっと喉から笑い声を漏らした。
「安心して欲しいな。俺は、君達を殺せという命令は受けてないんだ。今、レックス・プロダクションと揉め事を起こすと社会的にも困る。だからこそ、君達の誘拐命令が俺らには出てるわけー」
ケラケラと軽い調子で彼はそう言い、それからその笑い声が全体に広がっていく。
「シャル、ナイフ」
「はいはい。でも、私達は殺さないよ?ねぇ、フラウ?」
「うん、でもシャル。後方支援だよ?」
キナンとフラウがシャルティエとヨヒラを庇うように前へ出る。
「キナン、フラウくん!」
「はいはい、お兄さんも戦えるなら戦っといて。私達、割合面倒な事になってるからさー、手伝ってくれると嬉しいな」
シャルティエは片頬に指を押し当てて、可愛く微笑んでそう言った。
「人の話を聞いてんのかなぁ。...まぁ、抵抗されたら、殺すのがマフィアだよな。ね、イスズ?」
近くに居た黒スーツの一人に問いかける。彼はヘラヘラと笑ったまま、相槌を打った。その瞬間、彼は思い切り拳で頬を殴りつけられ、地面に沈んだ。
その場の空気が一変し、誰もが金髪の男に目を向ける。細い瞳が、更に鋭く細められる。
「俺さぁ、今ぁ笑ってなかったんだけどな?教育がちょっと足りなかったかな?ま。良いんだけど」
完全に沈黙したのを見て、彼は四人の方へ顔を向けた。
「俺はユティア・ロンド。ローレンス・ファミリーの四大幹部の一人だよ。よろしくね。...君達に分かり易く言えばぁ、アイラ・レイン嬢を〈大監獄〉に連れてった人間が、俺だ」
その言葉にヨヒラを除いた三人が、目を大きく見開いた。
「へぇ、そうか。で、俺達を誘拐したいそうだが、俺達は簡単にやられないからな」
「...丁重に、死なさずに捕まえろ」
ユティアの命令を聞いてから、スーツの男が動き出す。その瞬間、踏み込みも何もない状態でキナンが一気に距離を詰めて、男の身体を投げ飛ばす。そして空中に浮いた瞬間に、ナイフで腹部を突き刺して転がした。
「ッ!?」
「久し振りにびっくりしてる人の顔を見たなぁ」
シャルティエはくすくすと笑いながら、ミニガンを次々と撃っていく。それで軽傷の男達をフラウがオリエット直伝の投げ技で次々と昏倒させる。ヨヒラもやって来る敵を伸していくが、三人の連携に比べると小さなものだった。それをユティアは面白そうに眺めている。
「ええー、君達本当にカタギの人?」
ユティアの言葉に三人は何も答えない。
その時の一瞬の緩みに、キナンに向かってスーツの男がナイフを振るった。それをフラウが左腕で受け止める。ガキンと音がしてから、ナイフが弾かれ地に落ちる。男がそれに呆気に取られている間に、キナンが足払いをかけてシャルティエがミニガンで左肩を撃ち抜く。
フラウの服は無残にも切られ、肌のスキンの破れた合間から銀の肌が見える状態になった。
「あは、成程!君達........、人を辞めてる人間なのか」
ユティアの言葉は楔のように、三人の心に打ち付けられた。ヨヒラも目を丸くして、彼らの行動に見入っている。
「
小馬鹿にするような笑みを浮かべているユティアの顔面に、素早いキナンの蹴りがめり込んだ。ユティアはそのまま吹っ飛んでいき、地面に転がって背中を強かに打った。
「うるせぇよ。...俺達だって、なりたくてなったわけじゃないんだってーの。...知ったような口を利くな」
「ッボス!」「ボス!」
まだ昏倒していない男達が口々にユティアの身を案じている。ユティアはむくりと起き上がって、それから鼻血を垂らしている鼻に触れ、ごきりと音を鳴らす。そうして位置を戻してから、口の中にまで入って来ていたらしい血を唾液と共に飛ばす。
「あはっ、久し振りに面白...!流石ヴァイオレットをぶっ殺した人間だよなぁ」
ヨヒラがその言葉に反応する。
「あの人の知り合いかなにか?」
シャルティエは冷静に彼へ訊ね聞いた。ユティアはへら、と笑って腰を上げて尻を叩く。
「それなりのね。あの人に仕えている人間は、大体知ってるよ。俺達ローレンス・ファミリーの人間はね」
くつくつと彼は笑い、それからすっと笑みを消して一気にシャルティエとの距離を詰めて来た。彼女は僅かに目を見開き、身体を硬直させたがすぐにヨヒラがシャルティエを突き飛ばした。誰も居ない空間をユティアの拳が切った。
「女子どもに手を上げる事に対して、俺は大して何も思わない派だからさぁ。とりあえず弱そうな奴から、潰す」
「あはは、舐められたもんだね?」
シャルティエは地面を軽く転がった後に、ユティアへ弾丸を数発放つ。それを彼はいとも簡単に避けたが、その背後からヨヒラが蹴りを飛ばす。
だが、ユティアの身体は倒れずにとどまる。そして、振り向いてヨヒラの蹴りを受け止めて投げ飛ばす。その身体は地面に転がされた。
「お兄さん!」
「シャル!」
シャルティエの肩をユティアは掴み、腹部を殴りつけた。その拳の動きを見て腹部に力を入れる彼女だったが、それでもマフィアの名は伊達ではなくシャルティエの口からは吐息が零れ、苦し気に呻き声が漏れる。それに追い打ちをかけるようにユティアはシャルティエの細首を掴んだ。
「っお前!」
一番近くに居たフラウが、右手で飛び掛かるように彼の背中を狙う。だが、それを片手で制止する。フラウはそれを支えとして、左腕でユティアを薙ぐように払う。それは彼の右頬に当たり、吹き飛んで行った。
硬度としては鉄と同等の硬さなので、歯の一つや二つは折れているだろう。
フラウはシャルティエの身体を掻き抱く。
「シャル!」
「っげほ...、はっ、はっ」
息が乱れたせいか、発作にも似た症状を見せ始めたシャルティエにフラウの血相が変わる。キナンにも伝わったようで、周りの殲滅スピードが速まった。
「けは、っはは、げほっあは、あはははははは!」
キナンが最後の一人を昏倒させたと同時に、ユティアは笑い始める。壊れたように狂ったように、空に向かって笑い続けている。
「あー......はは。面白いねぇ。今日はこれで手打ちにしよう。俺はそれなりの顔面を傷つけられたし、何より友達が全員こうじゃあ話にならないからねぇ」
すくっとユティアは立ち上がり、それからにっと歯を見せて笑う。
「また遊ぼうね、お友達?」
彼は血を流しながら、まるで猫のようにその場をあっという間に去って行った。
四人はただ嵐のように過ぎ去って行った彼の駆けて行った方向を眺めた。それからすぐにフラウがシャルティエに顔を向けた。
「シャルっ」
「へ、いき......。少し、すれ、ば...落ち着く、はず」
「そのネックレスの薬は」
「ある、けど......水...........」
水がいる、とシャルティエは伝える。だが、当然ヨヒラに会ってキナンの事を聞くだけと仮定していただけに、水筒などは持って来ていない。
ひゅーひゅーと、微かな声が喉から漏れる。
「へいき、だって...ば」
「とりあえず、早く戻ろう」
「あぁ。......兄貴、は」
「俺はここで。何かあったら、ここに連絡してくれ」
そう言うと、ヨヒラはポケットから財布を取り出し、そしてそこから名刺を取り出した。名前と電話番号が記してある。
「仕事が一段落したら...、エレーノ劇場にも、行かせてもらうよ」
ヨヒラはキナンの頭を優しく撫でてから、すたすたと歩いて行った。キナンはその撫でられた部分に手を置いてから、ぎゅっとその髪を掴んだ。
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