Episode.8

電波ジャック

「私が考えるのはこれ、アリステラ市営放送局のジャック」

 席の一番中央に座る金髪少女は、碧の瞳を輝かせてそう言った。毛先を桃色に染めている彼女は、お嬢様といった態度で席に座っている八人の人間へ微笑みかける。

「わぁお、また面白い事考えるなぁ、カミラ嬢は」

 そう言うのは、黒兎の仮面をかぶった黒髪の男。くすくすと楽し気な笑みを浮かべているが、顔のお面は泣いているので周りの者に奇妙な印象を与える。

「そう簡単に言うけど、出来るわけ?放送局って事は、監視カメラとか警備の人とか...、それをこの人数で」

 そう言ったのは、赤と紫を基調にしたヘッドフォンをしている黒髪の少女。少し唇を尖らせて、それから机に頬杖をついた。

「はぁ...、また胃がキリキリし始めたッス......」

 そう言うのは、夜空色の瞳をした男。腹部の下辺りに手を置いて、苦々しげに顔を顰めてしまう。

「んふふ、お嬢は面白い子ね。それに根拠のない事は言わないわ」

 妖艶に微笑む女がそう言った。彼女はライダースーツのような黒光りするぴったりとした服に身を包み、美しいプロポーションをさらけ出している。

「作戦はどういう風にするの?教えてくれる?」

 やや高圧的な口調でお嬢様のような金髪少女―カミラ・レミリットへそう言ったのは、この中では一番年下に見える少女の姿をしたアンドロイドである。奉仕型アンドロイドと呼ばれる種別にいる彼女は、自身の茶色の髪の毛に軽く指を通した。

「うん、まずは放送塔をジャックする話からだけど...。それは、まず監視カメラや警備面をどうにかしないと駄目だよね。そこで、セレン」

「僕の技術で制御乗っ取るつもり、って事かぁ」

 黒兎の面の男―セレン・アーディッドは、納得したように頷いた。

 セレンはどうやら、そういったパソコン技術に関して特化した力を持っているらしい。

「そ、そんな簡単に出来るもんなのか?」

 訝し気に訊ねるのは、黒髪の一部を赤く染めた青年。ややつり目がちな瞳は赤く、その視線は僅かに動揺の色を見せている。

「んー、ま、余裕かなぁ」

 ヘラヘラとした調子で彼は笑う。表情が分からないので、それは周りに対して恐怖を与える事にしかなっていない。

「そもそも入り込めるの?俺達一応、場違いな人間だけど...?」

 疑問を投げかけたのは、顔の良く整った黒髪の青年。紫色の瞳は不安げな色を移して揺れている。

「私の提案は、シャルティエ・クゴット、フラウ。シュレイン...。貴方達がキーパーソンよ」

「へ、私?」

「俺も?」

 ヘッドフォンをしている少女―シャルティエ・クゴットは、目を丸くしてカミラの方を見た。顔の整っている黒髪の青年―フラウ・シュレインも不思議そうにしている。カミラは大きく頷いた。


「貴方達には、アイドルになってもらいます!」


「んあ?」「はい?」「あ?」「え?」「うむ?」「ううん?」「おお」「へ、」

 十人十色な返答を聞きつつも、カミラはいい案だと言わんばかり胸を反らしている。

「っアイドル!?」

「うん、本当はキナン・トーリヤとフラウ・シュレインが良かったけど、キナンは嫌なんでしょ、大勢の人前で歌うの」

 カミラはにこにこと笑っているが、そこが問題ではない。

「私達、一般人の、何の才能もない人間なんですけど?!」

 シャルティエは大声でカミラへ反論する。三人は確かに劇場のステージに立っていた経験はある。この中では一番場慣れしていると言っても過言ではない。だが、それとアイドルになれるのは話が別である。

「フラウはともかく、私は顔は大して良くないし無理だよっ」

「俺も無理だよ!?人前で歌うって言ったって、へべれけなおじさんやおばさん達にしか歌った事ないんだから」

「そこは問題じゃないのよ。大事なのは、合法的にセレンとセレンのサポートをするキナン・トーリヤなんだから」

「は?」

 つり目がちな赤い瞳の青年―キナン・トーリヤは、訝し気な声を上げる。だが異を唱えても話が進まないと察し、とりあえずそれ以上の口は挟まないようにした。


「私の作戦はこう。アイドルとしてフラウとシャルティエを売り込んで、そのボディーガードとしてセレンとキナンを付ける。これで四人を送り込む事になるわ。フラウとシャルティエがスタッフの気を引いている間に、セレンとキナンで監視室へ侵入。防犯カメラを機能させなくする。その間に残りのメンバーで中へ侵入する、そして警備員を撃破して別のスタジオをジャックする。そして、セレンとキナンと合流してそのスタジオから市内に放送よ。ゴードン・エルイート市議の悪事が大々的に知れ渡るわけ」


「新人甚だしいのに、ボディーガードとか付けてもらえるのかな...」

 フラウはまだ心配そうに声の声量を落として小さく呟く。その反応にカミラはあっけらかんとした調子で答えた。

「アイドルのボディーガードなんて一言も言ってないわ。兄妹ユニットよ。しかもお金持ちのね?」

「...金持ちの家の子で、親が過保護だからボディーガードが付いている...的な話って事?」

 アンドロイドの少女―イレブンは、カミラの目を見て訊ねる。

「ま、そこら辺のストーリーは二人に任せるよ」

「ほぼそれで行くのは決定なのね...」

 イレブンは呆れた様子で眉を寄せて、隣に座っていて一言も発さない黒髪の男の方へ目を向けた。

「エルはそれでいいわけ?」

 黒髪の男―エルリック・ハルバードは、イレブンからの問いに険しい顔をして口を開いた。

「分かんねぇよ、お前らが考えてる事なんて。だから、俺はアイラの意思を背負って突っ込むだけだ。作戦とか計画とか、そういう小難しいのはお前らに任せる」

「命がかかるのよ。そんなのでいいの」

「死んだらそこまでの運しかなかったって事だ」

 元々南アリステラで殺人鬼として動き回っていた時も、特に計画性を持ってやっていたわけではない。行き当たりばったりのやり方で、捕まったとしてもそれでいいと思っていた思考のある人間であるので、運任せな考え方をよくする。

 イレブンは小さく溜息を吐く。

「とりあえず、一日考えて明日ここに集まって答えをだしましょう。貴方達宿は?」

「ここから歩いて帰ったら少しかかるけど...」

「それならここに泊まりなさいな。元々お屋敷だから広いわよ。ちょっと汚れてるけど。それにハカナが美味しい料理を作ってくれるわ」

 妖艶な女―ヴィヴィット・カルトは五人へそう提案した。それに顔を顰めたのは夜空色の瞳の男―ハカナ・フィラデルドである。

「俺が大変な奴じゃねッスか」

「と、泊めてもらうなら俺達も手伝いますよ」

「あたしも。これでも奉仕型アンドロイドだから」

「泊まりは確定なんだね?」

 シャルティエは少し楽し気にそう言った。屋敷のような場所に泊まるという事にノリノリなのだろう。イレブンはエルリックの顔を覗き込んだが、彼は特に何か言うつもりはないようで、ここで一日世話になるのは確定だろう。

「それじゃあ、夕飯を作り始めるッスか。キッチンはそこそこ広いから、何人か来ても大丈夫ッスよ」

「あたし行くわ。シャルは?」

「どっちでもー。一通りは作れるつもり」

 シャルティエはへらっとした調子でそう言う。キナンやフラウ、オリエットと暮らしていた時にはシャルティエとフラウが率先して作っていたので、それなりに造れるのだ。

「じゃあ、僕とカミラ嬢と姐さんとキナンでお部屋の片付けする?」

「俺はどうすりゃいいんだよ」

「あたしと料理する?」

 イレブンが微笑んでエルリックの顔を見る。その顔にエルリックは睨み返した。素材の味そのままをかじって生きてきたような彼に、料理など無縁である。

「んー、怖そうだから誘わなかったけど、掃除一緒にしよっか」

「うるせぇ」

 セレンにエルリックはギロッと睨む。それに対してセレンは「こわぁい」と両頬に手を当てて首を左右に振るった。それに更に彼の眉間に皺が深くなる。

「ま、それなら早いところ分かれましょう。さくさくっと済ませた方がいいでしょ?」

 ヴィヴィットの声と共に、全員が席から立ってそれぞれの持ち場へと散っていく。

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