プロローグ

 朝早い、人々の行きかう通勤時間よりも前。 

 女は動くタクシーの中にいた。その手は固く握りしめられていた。

 タクシー内は酷く静かで、エンジンの音と周りの環境音だけが聞こえてくる。タクシー運転手も喋らない。どんどんと目的地へと進んで行く。


「お客さん、やけに強張ってますけど...」

「あ、あぁ、すみません。...少しドキドキしてて...」

「面接ですか?」


 タクシー運転手は、少し微笑んでそう言った。女は曖昧な顔をして、それから小さく首を縦に振った。


「そう、かな...。ちょっと違うんですけど...、色々と置いてきちゃったし、今から行くところでは面談?みたいな...感じだと思います」

「ははぁ。腑に落ちませんね。...行く本人がそんな曖昧な感じなんて」

「ですよね。でも、そんな感じなんです。話に行くんです。...真実を。それから謝りにも」


 決意の宿る青い瞳を躊躇いがちに伏せ、それから小さく呟いた。その言葉はタクシー運転手には届かなかった。


 その時不意に、ばすんと何かの音が鳴る。一度ではなく、二度三度。その途端、がくんとタクシーが蛇行した。


「へ?あの、どうし、」

「な、急に!?何で?!」


 運転手は焦った声を溢し、慌ててハンドルを動かす。しかしハンドルで車体を正そうとしても上手くいかない。

 蛇行し続けたタクシーの車体が、大きくバランスを崩す。


「っ!?」


 耳をつんざくような激しい音と、全身が引きちぎられたかのような痛み。

 女は口の中に血の味を感じ、鼻先をオイルの匂いが掠めるのを感じながら、痛い箇所に手をあてがおうとする。

 しかし、身体が動かなかった。だんだんと眠くなっていく。


 眠く。

 眠く。





 眠くなっていく。
















「............せ、んぱ、...............い」

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