もう一人の暗躍者
「ふふ、っふふふふ」
ミリアムは口に手を当てて、本当におかしそうに笑い始めた。己が負けたというのに、勝ったアイラより嬉しげに見えた。
「...お前、大丈夫か」
エルリックが心配するほど、彼女の行動はおかしく見えた。アイラも口には出さないが、どうしてだろうかと心の中で首を捻る。
ひとしきり笑い終えると、ミリアムはふはぁと長く息を吐いて笑いを落ち着かせようとした。
「こんなに楽しくて笑える勝負は久し振りでしたので。とても楽しませていただきました」
ミリアムは手際のよい早さで、花札を片付けた。
アイラはその間に服に忍ばせておいた音声レコーダーのスイッチを入れる。
「...私の質問に、答えていただけますか?」
「何なりと。敗者に断る理由はございませんから」
ミリアムは小さく小首を傾げて、アイラへそう言った。
「私は、アンドロイド計画の事は知っています。アンドロイドの中に洗脳電波をあらかじめ埋め込んで、アリステラ市中あるいはエヴァンテ公国中に普及した時に、「救世主プログラム」を始動させ、人々の意思を消し無力化し、ゴードンの思いのままに操る計画。...でも、それをどうして行ないたいのかが、私には分かりません。ヴァイオレット・ローは理想郷を作る為だと言ってましたが...」
感情のままにヴァイオレットが叫んでいた、理想郷という言葉。
アイラが調べている時は、主に不正金の方を調べていた為「アンドロイド計画」の中心核の考えまでは知らない。
ミリアムはふっと息を吐き出して、それから足を組んだ。
「...「アンドロイド計画」はゴードン先輩とレッド先輩の考え出した事ではありません」
ミリアムの言葉に、アイラとエルリックは大きく目を見開いた。
「私は大学でロボット工学科に入り、研究室で先輩達と知り合いました。そこで、アンドロイド計画が行なわれていたんです。発案者は、カノン・オーフェリア先輩。数年前、マフィアの抗争に巻き込まれて命を落としました」
アイラは頭の中でその人物を探す。しかし、そのような名前を見た記憶はない。ゴードンやレッドが故意に隠していたのか、あるいは調べ不足か。
「カノン先輩は、両親を神帝戦争で亡くされていたので、戦争のない平和な世界を作るという意思が強かったんだと思います。ロボットによる人への洗脳と、より優秀な人が愚かな人々を導くシステムを大学時代から考えられていました」
「だけどよ、死んだんだろ?なら、何であいつらが」
「惚れた死んだ女への、贈り物というやつですよ。...お二人共、カノン先輩の事を慕ってらっしゃいました」
ミリアムは静かに瞳を閉じた。
彼女の脳裏には研究室で白衣を着て微笑む、天使のような女性。彼女の左右で楽し気に設計図を書く二人の男。彼らを見て、その後ろをついて行くミリアム。
カノンの葬式の日の、ゴードンの絶望に染まったあの瞳がミリアムの脳裏にははっきりと焼き付いていた。
彼女は小さくかぶりを振り、スカートをぎゅっと握りしめた。それから小さく笑う。
「死人の為に何かする...。貴方にも、分かっていただけると思いますけど」
その言葉に、アイラもエルリックも目を丸くした。
「まぁ、簡単に言えば、先輩達は自分の為ではなくカノン先輩の為に理想郷を作りたいんです。...他に、何か聞く事は?」
「レッド・ディオールさんは、どこにいるんですか?情報によると、ここによく出入りを、」
「先輩はあちらです」
ミリアムはそう言って、すっと指を差した。その方向にはここへの来る為の扉と同じ見た目の扉があった。
「あそこは私室なんですが...、私が仕事の時は部屋で待ってもらっているんです。今日もいらっしゃっていて...、部屋の中に居ますよ」
アイラは彼女の言葉に、ぐっと眉を寄せた。
「...どういうつもり、なんですか?」
アイラは彼女へ静かに訊ねた。ミリアムはただ微笑を浮かべている。
ここまで素直に話すなど、あり得るのだろうか、と。
「私は貴方の質問に答えているのですが...、どういうつもりとは?」
「素直に話し過ぎじゃないですか?」
ゴードンあるいはレッドからこう話すように、と言われている内容でないかとアイラは警戒していた。ミリアムはゆっくりと首を振るう。
「すべて本当の事です。私、ゲーム以外で嘘は吐いた事ないんです。アイラ様には真実をお話していますよ」
アイラはじっと目を見る。ミリアムの瞳からは嘘であるようには思えなかった。
ならばなぜ、普通に話をしているのか。裏切りに他ならないというのに。
その様子を感じ取ったのか、ミリアムはふふっと声を出して笑う。
「確かに私は、あの人達への恩はあります。根暗で何にも自信を持てなかった私の才能を見出し、手を差し伸べてくれた。先輩達の考える理想郷は、確かに素晴らしい構想だと思います。でも、......歪んでいると思ってしまうんです」
「歪んでいる?」
「...カノン先輩は、もう亡くなってしまった。理想郷は確かにカノン先輩の夢でした。それを叶えようとするのは、その人への贈り物になるのかもしれない...。でも、でもそれは所詮意味のない事に思えて、虚しいものに思えるんです」
ミリアムはそう言ってゆっくりと腰に手を伸ばし、黒光りしている拳銃をアイラへ向けた。それと同時にエルリックはアイラの前に立つ。
「...私に、ゴードン先輩とレッド先輩を正す事は出来なかった。アイラ様、エルリック様にお任せするようで申し訳ありません。......お願いします」
ミリアムは自らの腹へ銃口を押し付けた。
「っ待って!」
「私は最期まで愚かな人形であり続けたいんです。...馬鹿なままで」
引き金が引かれ、ばすんと音が鳴る。赤いソファに鮮血が飛び散り、ミリアムの身体はそのまま倒れた。
アイラもエルリックも、身体のどこも動かす事が出来なかった。
アイラはゆっくりと手を伸ばし、音声レコーダーのスイッチを切った。そして目の前にあるエルリックの服の袖を小さく握った。
「......死んで、しまったの?」
「...多分な」
「そ、か.........」
アイラはゆっくり立ち上がり、ミリアムの言っていたドアの方へ向かった。
「...エルは、そこで待ってて」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫。危なくなったらちゃんと呼ぶから」
アイラは息を整えて眼鏡の位置を正し、ゆっくりと扉を開ける。
そこはミリアムの私室のようで、中には黒髪の男が座っている。
さらりとした黒髪に、黒曜石のような黒目。紳士風の雰囲気を漂わせ、タキシードが良く似合っている。ゴードンと同年代であるならば、アイラよりは一回り程年上であるはずなのに、彼は年よりは若く見えた。
「レッド・ディオールさん、ですね?」
アイラは芯のある声で、目の前の男に問うた。
「いかにも...。私が、レッドですよお嬢さん。先程の銃声、今あなたがいるという事はあの子は貴方が殺したんですか?」
「いえ。ミリアムさんは自殺です」
レッドは僅かに目を丸くしたが、すぐに平静を装った顔へ戻った。
「......君の名を、聞いていいだろうか」
「...私はアイラ・レイン。ドトール社発行のゴシップ誌『G・アリステラ』の記者です」
「『G・アリステラ』...。あぁ、市じゃ有名なゴシップ誌だね。そして、ゴードンが殺した記者の所属していた会社じゃないか。確か君の知り合いだった気がするが...どうだったかなぁ、レインくん」
煽るような口調に、アイラはぐっと眉を寄せた。思わず手を握り締める。しかしそれには何も答えなかった。無言で彼の瞳を睨む。
「君も、私を殺すかい?君が殺したあの人や、ゴードンや私と同じように」
「いいえ」
アイラはレッドを睨みつける。
「私は貴方達と同じになる気はありません。私は、ナイフも拳銃も使いません。私は、ペンだけで貴方達を殺して見せる。先輩が遺してくれた想いで...、殺してあげますから」
「......そうかい。だが私達はナイフで君を、...いやまずは君の仲間から殺すだろうね。君がしている事と同じように」
皮肉めいた事を言うレッドへ耳も貸さず、アイラはきっぱりとそう言うと、すぐに部屋から出た。レッドの視線を背中に感じながら。
「いいのか、アイラ」
「うん。私は人を殺さない」
アイラは振り返って、含み笑いをするように怪しげに微笑んだ。ふわりと、彼女の毛先が風になびく。
それは、エルリックの目を引き付けた。
「私はペンで、言葉でしか殺さないから」
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