その手に自らの思いを賭ける

 ミリアムは先程作った山札を、アイラの目の前に置いた。アイラはその意図が汲めず、ミリアムの顔を覗き込んだ。

「公平に。お互いでシャッフルし合いましょう?私は正々堂々と戦う主義ですけど、一応疑いは晴らしておかないといけないでしょうから」

 仕込んでいない事をアイラ達にも知ってもらおうと思っての行動であるらしい。アイラは山札を手に取り何度かシャッフルした後、エルリックにも手渡した。エルリックも不格好ながらシャッフルして山札をテーブルの上に置く。

「それでは、お配りしていきますね」

 ミリアムは山札を手に取ると、二枚ずつ自身の目の前とアイラの目の前に置いて行く。その二枚一組を四つ、合計八枚を均等に並べ置く。

 それから更に真ん中に同じ要領で八枚を並べていく。そして余った山札をその真ん中の八枚の横に置いた。

 真ん中の八枚だけをひっくり返す。

 これで、場は整った。

「それじゃあ、始めましょうか。先に役を作った方が勝ち、という事で。では、先攻が良いですか?」

「どちらでも。大して変わらないでしょう?それとも先攻は嫌ですか?」

「親切に言ったまでです。では、私からしましょう」

 ミリアムはさっと札をパンと置いた。彼女が取ったのは、「桜と幕」の絵柄。彼女の目の前には、先程取った「桜と幕」と赤丹が置かれている。一枚引いて絵柄を見せたまま八枚の中に置く。

 次はアイラの番である。手札の中から一枚取り出し、「芒に月」を手に取る。そして山札から一枚引き、牡丹の描かれた札を取る。


 札を取り合い引き合い、ひたすら淡々と役を作っていく。

「猪鹿蝶」

 ミリアムが朗々とした声で呟いた。

 彼女はそう言って、役を見せた。確かに彼女の言う通り、そこには「萩に猪」「紅葉に鹿」「牡丹に蝶」の三枚が並んでいた。ミリアムは札の上をつうっとなぞる。

「まずは私の勝ちですね」

 アイラは眉を顰め、自らの手札を見る。役も何も出来ていない、微妙な手札であった。

 最初の一勝はミリアムが取った。

「それでは再びシャッフルしましょうか」

 ミリアムは再び山札を含めて札を集めて一つの山にし、さっさとシャッフルしていく。


「アイラ様、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「...えと、なんでしょう...?」

「...貴方は先輩達を追いかけていたんですか?」

 ぴく、とアイラの手が動いた。エルリックもアイラの方へ目を向けた。アイラがどういう経緯でここに来ているのか、詳細は彼女とある程度の期間付き合っているエルリックですら、その真実の深いところまでは知らない。

「いえ。...私の教育係だった先輩と、一緒にやってましたけど...。それが何か?」

「なら、不思議ですね。貴方だけがどうして〈大監獄〉に行き、先輩という人がその場所に行かなかったのか」


 ミリアムの言う通りである。

 先輩と彼女がいう人物をエルリックは知らないが、アイラのみが〈大監獄〉に送られるというのはおかしい気がした。彼女が送られるのならば、先輩も同じ場所に送られるだろう。二人を引き離したい、という思惑があったのかもしれないが、そもそも〈大監獄〉自体、脱獄不可能と言われる場所である。

 引き離す云々よりもまず、彼らは「出られない」と考えるのが普通だ。

 エルリックはアイラの横顔を窺う。

 彼女は表情一つ変えずに、静かにミリアムの手元に視線を送っていた。

「少し前、貴方が〈大監獄〉に行った頃ぐらいに、レッド先輩から聞いていたんですよ。その時に聞いた話とこの状況がので、聞いてみただけです。...気分を害されたのなら、謝ります。ごめんなさいね」

「精神攻撃のつもりなら、意味なかったですね」

 ふわ、とそこでアイラは顔を綻ばせた。しかし、エルリックにはその笑みはぎこちなく思えた。

 ミリアムがそれに気づいていないといいが、とエルリックはミリアムの顔へ目を向けた。

「ふふ。では第二戦目と参りましょうか」

 再び同じ要領で札を配っていく。二回目という事もあってか、先程よりも早く札は配り終えられていた。

「先程私が勝ちましたので、アイラ様から先で良いですよ」

「分かりました」

 アイラは手の中から「桐に鳳凰」を取り出し、桐の絵の札を一枚取る。山札から一枚引き、更に「芒に月」も取った。

「あら」

 ミリアムは小さく口から言葉を漏らすと、「梅にうぐいす」を取り、丹のない月の札を取った。


 再びミリアムとアイラは札を取り合い、今度は先にアイラが「四光」と口を動かした。

 アイラの見せた手札には、「桐に鳳凰」「松に鶴」「芒に月」「柳に小野篁」の四枚が揃っていた。四光と呼ばれる役の手札だ。

「あらら、今度はアイラ様の勝ちですね」

 ミリアムは残念にも悔し気にも聞こえなかった。ただ楽しそうに勝負をしている人間の声だった。

「残念ですけど、これでどちらが勝つか負けるか、ちゃんと三回勝負が出来るようになって嬉しいです」

「そうですか」

 嬉しそうに話すミリアムに対し、アイラはどこか冷めたような口調だった。

 再びミリアムが山札をシャッフルし始める。

「やはり、お強いようですね。流石、百万コインを貯める事が出来ただけはありますね」

「...ありがとう、ございます」

「私の事を、警戒しているみたいですね。...私がどこまで...」

 アイラはバンと机を叩いた。

「...アイラ...........」

 エルリックの死を恐れていた時のように、アイラは感情を露わにしてミリアムを睨んでいた。ミリアムは音に驚いたようだが、すぐににっこりとした笑顔を見せた。

「何が...、何が言いたいんですか?」

「怖いでしょう。見ず知らずの人間に暴かれそうになるのが。エルリック様の反応を見る限り、貴方は真実を伝えていないようですし」

「私は...っ」

 アイラはそこでぐっと言葉を詰まらせた。ミリアムは形の良い唇を動かした。


「先輩を、その手でお殺しになった」


 アイラの耳元で、ぐしゃりと心臓が潰されたような音が鳴った。

「は...?」

 エルリックは思わずアイラの顔を見た。その顔は蒼白であった。

「私も先輩から聞いただけですので真相は確かに知らないのですが...。その顔を見る限りでは本当のようですね」

 ミリアムは動かしていた手を止め、さっさと配っていく。

「さぁ、それでは三回目の勝負ですね」

 にっこりと彼女はアイラへ笑いかけた。

 アイラは僅かに身体を震わせた後、ゆっくりとソファに腰を下ろした。いつもと違うその様子に、エルリックはアイラの両頬へ手を伸ばしてエルリックの方へ顔を向けさせた。


 ここへ来てからエルリックの方は一切と言っていいほど見ずに、ミリアムばかりみていた彼女の瞳は、怯えに近い色を宿していた。

「......アイラ」

 静かに彼女の名を呼ぶ。

 明らかにミリアムの口にした話題が、彼女の動揺を誘っているのは彼でも分かった。精神攻撃云々と言っていたが、強がりであったようだ。

 そっと、アイラの耳元に口を近付ける。

「...俺はお前に何も聞かねぇ」

 びく、とアイラの肩が大きく震えた。

「話したくなった時でいい。俺はお前の事を殺人鬼だとは思えねぇから。...信じてんだ、お前の事」

 だから、とそこでエルリックは間を置き、そっと耳元から口を離しアイラの青色の目を見据える。

 その瞳の怯えを少しでも拭えるのなら、真っ直ぐな言葉を。彼女の不安を拭える程の思いを、伝える。

「だから、迷うなよな」

 アイラの脳裏に、〈大監獄〉での出来事がフラッシュバックする。エルリックがあの時にかけてくれた言葉が、反芻した。

 相変わらず、自分は学習できていないようだ。

「...ごめん、ありがとう」

 アイラはしっかりと頷いて、ミリアムの方を見た。彼女はただ静かに微笑んでいるだけだ。

「出来ますね、アイラ様」

「えぇ、出来ます」

 アイラは頷いて、きちんとソファに座り直す。

「最終決戦、ですね。先攻はアイラ様がしますか?」

「はい」

 アイラはすっと、「芒に月」を引く。そして山札から菖蒲の絵の描かれた札を取る。

 ミリアムは萩の赤丹を使って八枚の中にあった「萩に猪」を取った。そして山札から引いた藤の札はそのまま八枚の中に置かれた。

 アイラは「藤に不如帰ほととぎす」でミリアムの置いた藤の札を取る。そして山札から「菊に盃」の札を引く。


 ミリアムは大きく目を見開いて、アイラは静かに長く息を吐き出した。

 それから「月見酒」と役の名を呟き、ミリアムへにっと笑いかけた。



「私の、勝ちです」

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