赤の青年と紅のアンドロイド
「はー。本当に色々あるんだな」
キナンは感心した声を上げる。上京したての田舎者のように、キョロキョロと視線を上にあげて見ている。イレブンは静かに溜息を吐いた。
「まずはコインを楽に稼げそうな所に行きましょうよ」
「って言われてもな、俺、分かんないんだけど。どれがどうとか、さっぱりだぞ」
博打など一切手を付けた事のないキナンには、どのゲームがどういったルールであるのかも分からない。
エレーノ劇場で会った大人達の中には、博打で日々金を追われているような人間もいたので、絶対に手を出さまいと誓っていたのだ。それが裏目に出てしまっているのだろうか。
「...あれとか、どうなのよ」
イレブンはすっと指を差す。その方向に目を向けると、射的ゲームが置かれていた。
「いや、俺、銃とか触った事ないし。ああいうのはシャルの方が得意だと思うけど」
「やってみなさいよ。案外上手く出来るかもしれないわよ。それに頭を使わなくていいわけでしょ?貴方でも出来るんじゃないの?」
その言い方にやや腹を立てるが、コインを稼がなければならないというのがある。他のメンバーに任せてもいいが、それは流石に気が引ける。したがって、なにかはしなければならない。
「しゃあねぇな」
キナンはそのゲーム会場の横に居る黒髪のディーラーへ、「すみません」と声を掛けた。
「あの、すみません。これ、やってもいいですか?」
そう訊ねると、ディーラーの男は何も言わずに手を差しだした。それに眉を寄せたキナンであったが、彼が「十コイン」と言い、提示されたコインを彼の手に握らせた。
それを受け取ったディーラーは、コインを指定の場所へ置くと、その横に置いてある長銃をキナンへ手渡した。
「あちらをご覧ください」
彼の指差す方向には、数字の書かれた紙が三段の階段状になった場所に置かれていた。そこにランダムに数字の書いた紙は置かれている。
書いてある数字は、八、六、四、二、そしてゼロ。倍率である事は分かる。八倍は一つ、六倍は三つ、四倍は六つ、二倍は八つ。ゼロ倍―つまり所持がゼロになるのは、十枚ある。
「貴方の挑戦権は三回までです。その内一回でもゼロに当たれば、それまでに当てていたものは全て無効になります。当然ですよね、ゼロに何を掛けてもゼロでしょう?」
「ふぅん、成程ね」
キナンは何度か長銃を握り、ディーラーの男の方を向いて頷いた。
「やる」
キナンの宣言にディーラーの男は何も答えず、すっとコルクの弾をキナンの横に置いた。それを一つ取って、キナンは長銃の銃口に詰める。
イレブンは遠巻きにそれを見ていた。
「ありゃりゃ、あの人も不運ッスねぇ」
その横にふらりと男が立っていた。声を掛けられるまで全くその気配に気づかなかった。
身長はフラウとほぼ同じくらいだろう。カラスの羽根のように黒い髪色に、夜空色の双眸はキナンの背中を見ていた。
「...どういう事?」
イレブンが口を開くと、珍しそうにその夜空色の目が丸くなる。
「あぁ。さっき俺もいじってたんッス。そしたら、全く外れ!十回もやったのにッスよ!?狙ってた場所に一切いかねぇッスもん!ありゃ絶対イカサマッスよ!」
まるで子どものように頬を膨らませて、小声で彼はディーラーの背中に抗議の声を浴びせかける。
イレブンは少し不安な顔色に変え、狙いを定め始めたキナンの方を見た。
す、と短く息を吐き出し、キナンは引き金に指を置いて八倍を狙って勢いよく引いた。パンと軽い音が鳴って、コルクが銃口から発射される。
それは八倍の置かれている紙の下の段に当たって落ちた。
「っ......。上手くいかないな」
キナンは小さく呟いて、もう一度コルクを詰め直す。再び銃口を八倍の紙に向ける。
「ふっ」
短く息を吐き出し、再び引き金を引く。今度は八倍の紙の斜め横に当たって落ちる。
「ちぇ、またか」
彼は確実に八倍の紙へ狙いを定めている。イレブンから見ても、そのように感じられる。それなのに、当たらない。
イレブンは隣の男のイカサマ発言に信ぴょう性を感じ始めていた。
三回目は慣れた手つきでコルクを詰める。今度は八倍の紙を止めて、その斜め下にある四倍の紙の方へ狙いを定めた。
「ふっ」
また外れた。今度は斜め上に上がって、上の段にあった六倍とゼロの間を通り抜けていった。
「お疲れさまでした。...ゲームを続けられますか?」
手続きのようにディーラーはキナンへ訊ねた。彼はコルクの入っている箱の中から適当なコルクを取り、軽く握る。
「...あぁ、一つ質問していいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「このコルク、なんですか?...えっと、何かっていうのは、ワインとかシャンパンとか。それとももっと別の、特殊に作られたものだ、とか」
「あぁ、ここで振る舞われているワインやシャンパンだと思いますよ。これで再利用できますからね」
「ふぅん」
キナンは手の中にあるコルクを手の中でころころと転がし、箱の中に落とした。
「ん、もっかいやる」
「っキナン!」
彼の言葉に、イレブンが声を発した。キナンはにこっと、イレブンへ笑いかける。そして親指を突き立てた。
「任せろ。後は俺の腕だけだ」
「...へ」
キナンはそう言ってもう一度コインを手渡した。ディーラーはそれを受け取ると、一礼して身を引いた。
キナンはすっかり慣れた手つきでコルクを詰め、長銃を今度は四倍の紙に構える。軽い音を立てて発射したコルクは、ぱかんとその場所に当たった。
「っ!」
「お」
イレブンとその横の男は、目を丸くした。ディーラーも、ぴくりと身体を震わせる。
「んー、成程なぁ」
キナンはその周りの反応など気に止めず、次のコルクを詰めて構える。今度は六倍の紙。
またぱかんと当たって倒れる。先程の当たっていなかった時など嘘のようだ。
「あ、あのお客様」
「あー、あと一発だから。集中させてもらっていいですかね?」
ディーラーの言葉を遮って、キナンはコルクを撃った。
それは、八倍の紙に当たった。
「うっし」
キナンは長銃を肩に置いて、視線を天井の方へ向けた。
「四、六、八。えーと、十コインが元手だから...、千九百二十コインだよな」
ディーラーの男へ、キナンは歯を見せて笑った。彼は視線を彷徨わせた後、静かに頭を下げた。
「へぇ、面白い物みせてもらったッスねぇ」
男はそう言って、ふらりとその場から離れて行った。イレブンがその背中を見送っている間に、キナンが「イレブン?」と声を掛けた。
「何見てたんだ?人?」
キナンはコインをしっかりともらっており、コインを入れる袋は最初より膨らんでいる。
「えぇ。そう...。貴方、なんであれ、当てる事が出来たの?」
イレブンは不思議そうに首を捻っていた。キナンはあぁ、と小さく呟いて、イレブンの近くに顔を持って行った。
「重さ、だよ」
「重さ?」
そ、と彼は小さくそう言って、少しだけ自慢するように胸を反らした。
「エレーノ劇場で何本もワインを開けてきたからな。コルクの重さは大体分かるんだけどさ、あれ、重かったり軽かったりしたから、一応聞いたんだよ。そしたら案の定って感じだったな」
キナンはさらりと何でもないように言っているが、毎日触っていたからこその経験が活きたというわけだ。
「......凄いわね。初めて、貴方を尊敬したわ」
「初めて、ってなんだよ...」
キナンはブスっと頬を膨らませて、眉を寄せた。
急に子どもらしい表情に変わり、イレブンは少し目を丸くしてそれからくすくすと笑う。あまりの変化に何故かおかしくなった。
「な、何だ急に?」
「...なんでもないわよ。ほら、次のゲームでもしに行くわよ。とりあえず、フラウシャルに会うまでは、でしょ?」
「まぁ、そうだけど...。この調子で今夜で百万いくのか?」
少し時間をかけて、やっとこれだけのコイン数を貯めたわけだが、これだけではまだ足りない。
しかし、弱音など吐いている暇はなかった。
「やるしかないわ」
イレブンの声に、キナンは小さく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます