紫の青年と緑の少女
「ほぁー」
「凄いねぇ」
煌びやかな装飾の内装に、今まで見た事のないフラウとシャルティエは目を奪われていた。
「私達の劇場も、いつかこうなってくれるかな?」
「俺達の努力次第、ってところだね。...シャル、音は大丈夫?」
シャルティエは何度かヘッドフォンに触り、それから問題なさそう、とフラウに返した。
ここへ来る前に調整をしておき、音を入りにくくしている。フラウもいつも以上に声を大きくして話しているのは、何も周りの音に声を打ち消されないようにするわけではない。
「じゃあ、私達はどこから楽しもうかぁ」
「楽しむ、って...」
「まぁまぁ。コインを貯めるには、ゲームするしかないわけで!ゲームというものは楽しんでするものでしょ?なら、楽しもうよ。いやいややるよりもさ?」
にっとはにかんだシャルティエはフラウからふらりと離れて、ふらふらと歩き回り始める。フラウは静かに息を吐き出して、彼女の後ろをついて回った。
少し歩いていると、
「お嬢さん」
シャルティエはきちんと身なりを整えた金髪の男に声を掛けられた。彼の目の前には緑色の机があり、背の高い椅子が三つほどそれを取り囲むように置かれている。その机の上には、赤と黒に塗りつぶされたマス目に書かれた白い数字のボードがあり、その上にはその数字と同じものが端に書かれた回転式のシック調の円形のボードが並べられて二つある。
声につられ、ふらりとシャルティエはそこへ近付いた。
「お嬢さん、ルーレットやってみませんか?」
「るーれっと?」
シャルティエはヘッドフォンを手で押さえて位置を整えつつ、彼の目の前の椅子に腰を下ろす。その後ろにフラウが立つ。
「そう。ここは他のカジノとは少し違うルールを取り入れています。ルールはお知りですか?」
「いいえ。だから説明をお願いできますか?」
「分かりました。それでは説明いたしましょう」
金髪の男―ディーラーは、二つのルーレットの下にある―つまりシャルティエの目の前にある数字のマスを指差した。
「この二つのルーレットにはここに書かれている数字が書かれていますね。私が投げ入れる黒いボールがどの数字に入るのか。これを当てていただきます。お嬢さんはコインを数字一つ、あるいは縦一列か横一列、またはその両方を選んで賭け、コインを稼ぐ。選んでいる数字が少なければ少ないほど、倍率は高く――つまりコインが多く返ってくる。ただし、外せば賭けていたコインは全てこちらが受け取らせてもらいます」
「ふーん。運が重要だって事か...」
シャルティエもフラウも、運に関しては人並みである。むしろ前回の事を踏まえると、少し下かもしれない。こういったゲーム事に関しては、三人の中ではキナンの方が持っている。
「そして、もう一つ。ここに二つルーレットがございますね?」
「ございますね」
「回すのは二つ同時ですが、賭けとしてはどちらか好きな方をお選びください」
成程、と彼女は呟いた。
二台のルーレットで回る黒いボールが、どの数字に入るのか。シャルティエは一台のルーレットを選択し、そのボールが入る数字を当てる。
もしかしたら、黒いボールはシャルティエの選んでいない方のルーレットで、選んでいた数字の中に入る可能性もあるという事になる。
「...んー。ね、二つのルーレットにさ。それぞれ賭けるのは駄目?」
「通常はどの数字も均等に賭けてもらいますが、どうしても二つに賭けたいなら倍以上の最低ベットでやってもらう事になりますが」
慣れていないゲームにそこまで肩入れをする必要はない。そう判断したシャルティエは、ありがとうと小さく返した。
それから縦一列に賭ける事を伝え、最低ベットコインの二十コインをディーラーへ手渡した。
「シャル」
「大丈夫!まずはお試しだよ」
不安そうなフラウへ、シャルティエはにかっと笑って見せた。
「では、どちらを」
「左」
ディーラーは静かに頷き、両方のルーレットを勢いよく回した。ガラガラと二つの音が混ざり合い、ディーラーは黒いボールをルーレットへ落とす。それはころころと回って、シャルティエの賭けた数字とは違う場所へ落ちた。
選んでいなかったルーレットの方も、外している。
「残念でした」
ディーラーは二十コインを取った。
シャルティエは小さく呻き、今度は右側の方を指差した。
自棄になったのだろうと思い、フラウは特に言及する事をしなかった。
「同じ、縦一列でこっち」
「かしこまりました」
ディーラーは恭しく頭を下げ、再び同じ要領でルーレットを回す。
カタカタと音を立ててまた黒いボールが回っている。シャルティエはじいっとルーレットを見ていた。
「...残念。また外れてしまいました。どういたしますか、お嬢さん」
「シャル」
もうやめよう、とフラウは口にしようとし、彼女の顔を覗き込んだ時。
シャルティエは、笑っていた。
彼女はその形の良い笑みを浮かべたまま、二十コインを机の上に置いた。指を差すのは先程の数字の縦一列ではなく、一番端の縦一列を選んだ。そして、
「さっきと同じ、こっちのルーレットで」
僅かにディーラーの顔は青くなった。
「っな、なんで......」
「......嘘」
ディーラーは愕然として、フラウは目を丸くしてその結果を見ていた。
同じ右のルーレットと縦一列で、次々とシャルティエは当てていく。掛け金は二十コインから百コインへと変わり、そのせいで倍率そのものは小さいものの、黒字で稼いでいる。
ディーラーには分からずとも、フラウはある可能性を考え出した。
「シャル、もしかして」
「回転数。落とす位置。カチカチという音。...これさ、誰かを「VIPルーム」に上げる時に使う、当たり台ってやつでしょ?この知識は知ってるよ」
さぁ、とディーラーは顔を更に青くした。やはり、とフラウは可能性を確信へ変える。
彼女はどうやら持ち前の聴力を用いて、二つの回転の音を聞き分け、ルーレット盤を睨んで数字がどこに入っているのかを見ていたという事だろう。
「フラウ。これで少しは稼げるかなぁ?」
黒い笑みを、フラウへ向けた。
シャルティエは顔をキョロキョロと動かして、バーカウンターの方を指差した。
「あそこからなら、私の姿見えるでしょ?少し待ってて。もう少しここで稼いでおくね」
「わ、分かった」
フラウはこくりと頷いて、そうっと彼女の側から離れ、フロアの隅にあるバーカウンターの、シャルティエの顔が見える位置に腰を下ろした。
ほんの少し、彼女へ声を掛けてしまったディーラーを憐れんでいた。
「あぁらぁ、良いお兄さんね」
横から声を掛けられ、フラウは振り向いた。
そこには大きく胸元を露出させたドレスを着ている、茶髪の女性がフラウを見ていた。彼女の手には赤い液体の入っていたグラスを持っており、とろりと酔いで溶けた瞳は、ねっとりとフラウを見ている。
フラウはすぐにシャルティエの方へ目を向けるが、彼女は絶賛コイン巻き上げ中のせいで、全く彼の視線に気付いていない。いつもならすぐに気付くというのに。
ぐっとフラウは助けを呼ぶ声を止め、静かに息を吐き出す。
「へ、え、えっ、と.........。ど、どうも...?」
こういう時に限って、シャルティエは全く助けてくれない。フラウは愛想笑いを浮かべるばかりである。
するりと、女の指が頬を撫でてきた。背筋が凍り付く。
「お姉さん...、ふふ、君が気に入っちゃったなぁ...」
「っひ」
思わずフラウは悲鳴を漏らしてしまう。
女性との交流など持った事のないフラウには、何をどうするのが正解なのか分からない。
「そんな怯えないのぉ。...んー、そうねぇ。お姉さんと、ゲーム...してくれないかなぁ」
女は二人の間を隔てているワイングラスを移動させ、胸元から二枚取り出した。
「どっちがハートの
「...........やり、ます」
全員でコインを貯める。シャルティエが頑張っているのだから、自分も頑張るべきだ。
まだ一切増やしていないコインなので、失ったとしてもまだそんなに痛手ではないだろう。
「オーケー。じゃあ、」
彼女はそう言って手早くカードを切ると、すぐにぴたりと止めフラウへカードを向けた。
「さぁ。どっち?」
フラウはじろじろと彼女の顔を見て、
「..............こっち、で」
フラウは女性の右手側を指差した。
女はクスリと微笑み、カードの絵柄をフラウへ見せた。
ハートの
「.........良かった」
「ひゃー。お姉さん驚いたわぁ。はぁい、これ」
女はカードをしまい込むと、フラウの手元近くにコインを置いた。
「あ、ありがとう、ご、ございます...」
フラウはそのコインを手に取る。その手の上に女が手を重ねた。
「ねぇ、もう一勝負しない?...今度はお互いの身体を賭けて...。どぉ?」
「け、けけけ結構です!」
フラウは急いでコインを受け取ると、その場から離れた。
「シャル!」
コインを稼ぎ終えたらしいシャルティエは、唐突にフラウい抱きつかれ身体の動きを止める。
「......フラウ...........?な、何、どうしたの?」
シャルティエは驚きつつも、フラウの背中を優しく撫でる。
「女の人、怖い」
子犬のように震えている彼に、シャルティエはただただフラウの背中を撫でるばかりだった。
「そ、そう。わ、私もキナンやフラウ、エルリックさん以外の男の人って少し苦手だから気持ちは分からなくもないけど」
「...シャルやアイラさん、イレブンが特殊なの...?」
「イレブン、アンドロイドだけど」
ふふ、とシャルティエは微笑んで、それからフラウの手を握った。
「ほら、もう大丈夫。次のゲーム、しに行こう」
「...........ん」
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