鈍る決意

 椅子に座って、茶髪のボブカットに銀縁の眼鏡を掛けた女はココアを飲んでいた。彼女は首に万年筆にチェーンを通したネックレスをかけており、青い双眸は暗く沈んでいる。

 その横の椅子には、肩までの長さの茶髪に、紅い瞳の少女が腰を下ろしている。


 少女の見た目をしている彼女だが、その実は人間に作られた人工物―アンドロイドである。奉仕型アンドロイド、ルビーモデル。それが彼女である。


 彼女―イレブンは女―アイラ・レインの様子を窺うように、時折ちらちらと見ている。

「...アイラ、これからどうする?」

「...エルを、取り戻したい。でも、...どうしたら、いいんだろう...、分かんなくて」

 アイラの青の瞳に動揺の揺れが見える。イレブンは何と声を掛ければよいのか、分からなかった。

 今までのアイラは、ここまで意気消沈した様子を見せていなかった。こういう状況での声の掛け方をイレブンの精神回路マインド・サーキットは多種多様に叩き出すが、その中のどれを選んでアイラにかければよいのか分からなかった。

「...元気、出しなさいよ」

 結局、無難な答えしか言えなかった。

「......うん、ありがとう」

 アイラは困ったように、小さく微笑んだ。


 イレブンがまた何か口に出そうとした時、コンコンとノック音が聞こえた。アイラが「はい」と返事を返すと、中にフラウが入って来た。

「シャルがさっき、起きました。元気ですよ」

 フラウは柔らかな笑みを浮かべてそう言った。彼女が起きてくれた事が嬉しいのだろう。その思いが滲み出て来ていた。

「そっか!よかったね」

 アイラはにこっと笑ってフラウへ返した。先程の暗い表情など、みじんも感じさせない変化だった。

 イレブンの不安そうな顔色に、フラウはすぐに勘づいた。

 フラウはにこっと笑って、まだ皺のないベットの上に腰を下ろす。


「悩んでるんですか?」


 鋭いナイフのように。彼はすっと彼女へそう告げた。

 イレブンは大きく目を見開き、アイラの方を見上げた。彼女は、その顔から笑顔を失っていた。

「...そうだね、悩んでる。このまま犠牲を出しながら続けていくべきなのか。それとも、ここで退いてエルを取り戻して幕引きをするべきなのか...」

 アイラはそこで一度言葉を区切った。

「私、勘違いしていたみたい。すぐ、簡単に何もかも出来ちゃうんじゃないかって思ってた。〈大監獄〉から脱獄した時も、君達と戦っていた時も、なんだかんだ上手く出来ていたから。でも、違うよね。あれは全部偶然で...。エルの実力のお陰」

 アイラは震えた声で、顔を俯かせる。

「勿論、ゴードンを公の場に引きずり出したいという気持ちもある。それは間違いない。でも、それと同じくらい人の死ぬ姿を見たくない気持ちも強い...。怖い、ンだと思う」

 イレブンは何も声を掛けられなかった。

 フラウは静かにその言葉を聞き、小さく相槌を打った。

「...フラウくん達も、レッドを殺したいって思ってるけど、怖くないの?警察やほかの勢力に命を取られるかもしれないのに」

 アイラの意見はもっともだった。

 彼らよりも年齢が上であるアイラの方が怯え、キナンやフラウ、シャルティエ達は全く怯えた様子はない。

 それよりはむしろ、エルリックの足を引っ張らないか、という事に懸念点を置いているようであった。

「...怖いですよ。家族の命を奪われるかもしれない危険に置かれている状況は。でも、やらなくちゃいけないんです。家族を、守る為に」

 フラウは一度瞼を閉じ、それから紫の瞳をアイラとイレブンに向けた。

「俺達の事、アイラさん達に言いましたっけ?」

 アイラは首を振るう。

 キナン達が口にしたのは孤児院に居た事、人造人間サイボーグにされてしまった事。その程度である。

 フラウは少し考えるように目を閉じ、静かに頷いた。

「...俺達の事、言います。少しでも貴方の勇気付けになれるように」

 フラウは静かに朗々と口を開いて語り始めた。



 一方、フラウの居なくなったシャルティエの寝る布団で、キナンとシャルティエは静かにぼうっとしていた。

「......なぁ、シャル」

「うん?」

「......お前さ、身体、良くなってないんだろ」

 キナンの言葉にシャルティエは大きく目を見開いた。そして視線をすぐにサイドテーブルのネックレスに目を向ける。キナンはその目の動きに気付き、彼女が隠すように手を伸ばすより早く、そのネックレスを手に取った。

「っキナン!」

 シャルティエが声を荒げるのも気に止めず、キナンは筒状のそれを開けた。中には小さな白い錠剤が数個、窮屈そうに収まっていた。

 シャルティエの顔色が一気に青くなる。

「....隠してたのか」

「...っ何で、「父さんから聞いた」」

 キナンの眉を顰めた顔を見て、シャルティエはふいと顔を反らした。

「俺がしつこく聞いたんだ。父さんは悪くないから。んで、何で隠してたんだよ」

「......足手まといだって、言われたくなくて。それに!小さい頃よりはよくなってるから...、だから大丈夫だって」

「それが分かってたら、それを踏まえた作戦を立てるんだから、そういうのやめろ。隠し事とか、するな」


「...見捨てられたく、ないんだもん」


 シャルティエはぐっと布団のシーツを掴んで、俯いたままそう言った。

「少しでも私の身体が役に立つなら、それでいいんだ」

 彼女の沈んだ顔を見て、キナンは手にあったネックレスを彼女の首にかけた。そしてぐしゃぐしゃと灰色の髪の毛を梳くように撫でた。

「無茶はしない事。それが守れるなら何も文句は言わない」

「...本当?」

「あぁ。約束な。ずっと一緒、だろ?」

 暗く沈んでいた彼女の顔は少し和らぎ、柔らかな笑みに変わる。シャルティエのその緩んだ頬を優しく撫でる。


「一緒、だね」

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