お互いを守る為に
血の赤とオイルの黒が入り混じった液体が噴き、フラウの身体が傾いだ。彼の口からは押し殺した叫び声が漏れ、倒れそうになる身体をキナンが抱いた。
「あはっ、俺、優しいだろ?ちゃんと機械の方を覚えて狙ってやったんだから」
レトゥはケタケタと笑いながら、痛みに震えるフラウへ問いかける。
「フラウ!」
キナンはフラウを支える。フラウは熱い傷口に手を置き、ぎゅうっと唇を噛んだ。
「兄様」
ぽそり、とレティが口を開いた。か細い、小さな声。
「キナンから、フラウから、離れて...!」
シャルティエは半ばレティにもたれかかるようにして、首元に手の平サイズの拳銃を突き付けていた。
レトゥの顔色が一気に青ざめる。
「シャル、お前」
彼女は息を短く吐き出しながら、かたかたと足を震わせて立っている。傷口からは血が未だ流れており、痛みは消えていないのだろう眉が寄っている。
「ふふ...、私のこれ、威力はないからね......。レティには痛みに震えながら死んでもらう事になるけど......?君がそれ以上二人に近づくなら、ね?」
「に、兄様...。ご、ごめんなさい。私、駄目な子で......」
レティは自身の胸の前で手を組み、涙目でレトゥを見上げていた。
「っシャルティエ!」
「卑怯だって言うなら...、その言葉そっくり返すから...」
シャルティエは、レティからレトゥへ銃口の向きを変えた。
「少しでも妙な真似をしたら、レティを撃ち殺す。レティは返すから、そのままここから離れて。分かるよね?...頭の良い君ならば」
余裕そうな笑みを消して片眉を寄せたレトゥを、シャルティエは真剣そのものといった瞳を向けている。
レトゥの口角が小さく動いた。
「...君に人が殺せるの?臆病で病弱な、シャルティエ?」
「うるさい!」
シャルティエは声を荒げ、レティの背中をとんと押した。レティはちらりとシャルティエを見て、それからレトゥの元へ駆け寄り、彼の身体にギュッと抱きついた。
「兄様...、怖かった...」
「もう大丈夫。レティ、震えなくていいよ」
かたかたと身体を小刻みに振るわせて、きつく縋りつくようにレトゥにしがみつく。レトゥはキッとシャルティエを睨む。
シャルティエは一切動いていない。じっと、銃口を向けたままだ。
「......行くよ、レティ」
「え、でも、兄様......」
何か言いかけたレティであったが、すぐにその口を閉じた。レトゥの瞳を見ては何も言えなかったのだ。涙目で、三人を睨んだ。
「...これに懲りたら、来ない事だね」
レトゥはきっぱりとそう言って、レティの手を引いて機械の後ろに回った。
どうやらこの機械を壊さなければよい、という事なのだろう。
シャルティエはずるずるとその場に蹲った。
「シャルっ!」
キナンはフラウの撃たれていない方の肩を自身の肩に乗せて支え、シャルティエの元へ駆け寄った。
彼女は拳銃を床の上に置き、鎖骨の辺りを押さえて荒く息を吐く。
「おい......、大丈夫かよ!」
「っふふ........、何て顔、してるのさ......」
シャルティエは口元を綻ばせ、そうっとキナンの頬を撫でた。
「...大丈夫、死なない。......フラウは?」
「平気...、痛いけど、シャルよりは酷くないよ」
フラウは静かに息を吐いて、キナンから離れた。
「おい」
「キナンがシャルを支えて。俺、歩けるから」
フラウはにこりと笑う。
確かに彼の言う通り、傷の大きさを比べると、フラウよりシャルティエの方が位置も大きさも重度である。
「...分かった」
キナンはひょいっとシャルティエの身体を抱き上げる。細く小さく、頼りない身体であった。耳元で何度か荒く息を吐き出す。
「おい、大丈夫か?」
「っんん、むせただけ。行こう」
シャルティエは静かにそう言って、瞼を閉じた。
キナンとフラウは後ろを警戒しながら、アンドロイド制御室から出た。
「とにかく外に出よう。イレブンちゃんに繋がるかな...」
フラウは立方体の黒い箱を取り出し、対角を押し込む。すると砂嵐の音が混じり始めた。
「......イレブンちゃん、聞こえる?」
フラウは箱へ語りかける。少し遅れて、足音が入って来た。
『やっと繋がったの?!とにかく、逃げるわよ!』
「俺達もそうする。劇場に向かう予定で、そちらは向かえそうですか?」
『分かった。また会いましょう』
ぷつり、とそこで通話が切れた。
二人は周囲に警戒しながら、シャルティエを起こさないように進んで行く。
「なぁ、フラウ」
「うん?」
「こいつ、こんなに小さかったっけか?」
この場所の雰囲気に一切合わない質問に、フラウは思い切り眉を寄せた。場の雰囲気を和ませようとしているのだろうとフラウは結論付け、キナンの腕の中で静かに寝ているシャルティエに目を向けた。
確かに、普段はあまり気にしないが、シャルティエは細い。孤児院に居た時は食が細く、試験によって選ばれ改造されている時に預けられていた施設の中でも、満足に食事も摂れていなかった。そういう枷のない今でも、彼女はあまり食べている印象はない。
だからか、発育がよろしくないというべきか、折れそうな程に細く白く、そして背が低く胸もない。
最後の感想は口には出さず、心の中にしまっておいた。
「俺達が、伸びたんじゃない?ほら、小さい頃はなんだかんだ、シャルの方が背が高かった気がする」
「...成程な」
キナンは納得したように静かに頷き、彼女の両手が置かれている腹部に目を落とした。そこは赤黒く汚れている。
「......ごめん」
「へ?」
「俺、お前らを守れなかったから...。守るって、誓ったのに...っ」
キナンの肩が震えていた。髪の毛で顔は隠れているが、きっと酷い顔をしているのだろう。
自由で誰に対しても暴言を吐くようなタイプの人間だが、仲間思いで優しいキナンには堪えているのだろう。
「...ううん、キナン、いいんだよ。守ってくれたよ、キナンは俺達を」
「っそんな事な、「あるよ」」
キナンの言葉を遮って、フラウはにっと笑って彼の顔を起こした。目尻に溜まっていた涙を優しく拭いとる。
「キナンがいなかったら、そもそも今ここに俺達はいないんだから。命の恩人ってだけで、キナンは俺達を守ってくれてる」
染み入るような優しい声音で、フラウはキナンの心に言い聞かせるようにそう言った。
「さ、行こう?」
「......おぅ。.........ありがと、フラウ。......あー、かっこ悪いところ、見せたな」
「いいよ、そういう所も含めてキナンでしょ?」
フラウは花が咲くようにフワッと微笑んだ。キナンは苦笑にも似た笑みを浮かべ、シャルティエの身体を強く抱いた。
「いた!」
工場の塀をよじ登り、外へ出るとすぐ、アイラとその手を引くイレブンが目に入った。
「......アイラさん、エルリックさんは...?」
フラウの純粋な質問に、アイラは一気に顔を暗くした。きゅっと唇を噛む力が強くなり、イレブンの手を握る力も強くなる。
イレブンがすぐに察し、アイラの代わりに口を開く。
「あっちの手に、渡ってしまったわ」
イレブンの隠さない言葉に、キナンとフラウの目は大きく見開かれた。
「そ、そんな...」
「あの人が、捕まったなんて」
そこで、イレブンとアイラはキナンの腕の中で目を閉じているシャルティエに気付いた。
「シャルちゃん!」
「大丈夫です、寝てるだけですから」
フラウは汗で張り付いた、シャルティエの灰色の髪の毛を掻き上げる。
「とにかくここから離れるわよ、追っ手が来る前に」
イレブンの声に全員が頷き、工場から離れた。
アイラは一度だけ振り返り、イレブンに手を引かれるようにしてその場を後にした。
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