神の采配のままに

「工場への侵入経路は、三つある」

 キナンはすっと白魚のような指を三本立てる。

「一つ目、職員用開閉口。エメラルドモデルに必要な部品や護衛人、回収者なんかが使うんだ。必要なIDカードを持ってないと入れないから、アイラさん達には無理だろ」

「でも、私達はカードを持ってるんだよね。アルバイトでももらえるんだ。月更新でね、まだ使える」

 シャルティエはそう言って、腰のポーチかた財布を取り出し、中から薄紫色のカードを取り出した。顔写真と十三桁の番号とその下にはバーコードが書かれている。

「つまり、俺達はこのルートが使える。次に、パイプ点検のルートがある。排水とは別の、オイル用パイプのやつだ」

 アリステラ市には、排水用の下水道と、各地域に送る為の生活用電気のパイプが存在している。

 そしてアンドロイドやロボット工場の回りには、オイルを濾過して不純物を抜き取り、排水溝へ流す為の濾過装置行きのパイプがある。

 そこへは点検用の通路と入り口があるという話は、国民の殆どが――アイラでも知っている。

「そこと工場のどっかが繋がってる話を聞いた事がある。ここは俺達もアイラさん達も使える」

 オイルの匂いに耐えるという条件付きではあるだろうが、確かにキナンの言う通り使えない道ではない。

「で、最後。俺達にはフラウがいる。時間は少し取るけど、上からこっそり入る事が出来ないでもない」

「俺含めて、運べるの一人だけだけど。ていうか、そもそも嫌なんだけど」

 キナンの妙案だ、といった顔に対して、フラウは不服そうに顔を顰めている。しかしキナンは全く気にした様子がない。

「...最悪、他にもあるだろ」

 エルリックがパッと口を挟んだ。全員が不思議そうに首を傾げる。他の侵入経路をキナン達三人はこれだけだと思っている上に、アイラ達はまだ工場の施設を詳しく知らない。


「殴りこむ」


 とんでもない発案であった。

「あんた馬鹿なの?凄く阿呆なの?」

 イレブンは呆れたように肩を竦めながら、エルリックへそう言う。あぁ、と眉を寄せてイレブンを睨みつけた。

「だってよ、人間はしょくいんってやつと、ごえいにんって奴だけなんだろ。正面からぶん殴っても倒せんじゃねぇのか」

「職員が必ずしも戦闘した事がないとは限らない。人数は少ないけど、一応安全策は取った方がいいよ。そういう、正面突破も面白いかもしれないけどね」

 くすり、とシャルティエは微笑んで、キナンへ目線を送った。キナンはその視線に呆れ顔で返した。しかしキナンはすぐに顔を正し、アイラへ小首を傾げた。

「んで、アイラさん。どれをどうしたい?俺達はあんたの指示に従うぜ?」

「......私達はオイル用パイプの点検通路から入ろう。三人はどっちの方が入りやすいの?」

「俺としては、カード使って入りたいんだけど...」

 フラウはそこで言葉を濁し、キナンとシャルティエの方を見た。二人共、意地の悪い顔をしている。

「上から侵入した方がいいんだよねー。監視室に入り込みやすいしー?それに向こうに知られてない方が動き回りやすいからねぇー」

 明らかに間延びした声で、ちらちらとフラウの顔色を窺っているシャルティエ。その視線にフラウは明らかに気付いているようだが、ふいと顔を背けてみないようにしていた。

 どうやら上からのルートをキナンとシャルティエは使いたいようだが、フラウが嫌がっているらしい。

「そうだなぁ、向こうに知られたらこっちが動きにくいなぁ」

「っひゃ」

 キナンが席を立って、シャルティエの横に座っているフラウの横に立ち、口を耳の側に寄せて小さく呟いた。フラウは肩を思い切りびくりとさせ、シャルティエの方へ距離を取った。

「駄目、かなぁ」

「っひいっ」

 今度はシャルティエがぼそりとフラウの耳で囁く。フラウはまた身体をびくつかせて、ギュッと目をつむって両手で両耳を塞いだ。

 彼は耳が弱いらしい。

「ふ、二人共、フラウくん嫌がってるし、ね?やめてあげよう?!」

 アイラが慌てて止めに入る。フラウはふぅふぅと荒々しく息を吐き出し、キナンとシャルティエは不服そうに唇を尖らせた。

「ま、夜にみっっっちりするな?」

 キナンはにやりと口角を上げてフラウを見下ろした。耳を塞いでいるフラウだが、口元の笑みやその唇の動きで何を言っているのかを察したのだろう、喉の奥から悲鳴を漏らした。


「ほら、じゃあまぁ、次に入った後はどうするのよ?」

「あぁ、それは簡単だよ。私達が工場のセキュリティーシステムを壊す。文字通りね」

 シャルティエはくすっと微笑んで、キナンの方を見た。

「ハッキングスキルは俺が持ってる。そうじゃなくても、ぶっ叩けば壊せる。...ここら辺の考え方はエルリックさんと同じかな?」

「なら野蛮ね」

「お前壊されてぇならさっさとそう言えよ。遠慮なく壊してやる」

「嫌に決まってるでしょ。そんな事も分からないなんて、可哀そうだわ相変わらず」

「喧嘩しないの!」

 二人の終わらない言葉の応酬を見かねたアイラが、慌てて声を上げて二人の口を閉じた。エルリックとイレブンはお互いの顔を見て、忌々し気に同じタイミングで顔を反らした。

「...と、とにかくそっちの方は問題ないんだね」

「はい。...その後は、エメラルドモデルの製造が中断されます」

 フラウは耳に当てていた手を離しながら、説明を続けた。

「その中断している間に、個体を壊していくんだよ。それも一部でいい。コアだけで。んで、その間にエルリックさんに護衛人を防いでもらう。私達は職員を倒しておく、エルリックさんの元へ行かせないようにね」

「......はーん」

 エルリックは分かったとも分かっていないとも取れるような、曖昧な返事を返した。

「で、こっちである程度破壊し終わった後、連絡します。その連絡を受け取って二人に言うのは、イレブン、君に頼みたいんだ」

「あ、あたし?」

「うん。アイラさんは最悪スタンガンが扱える、でしょ?」

 シャルティエの問いかけに、アイラは静かに頷いた。

「でもイレブン、君は人に危害を加える事が出来ない...。そうだよね?」

 イレブンは頷く。

 アイラを最悪な状況の時の戦闘員として数え、イレブンだけを完全な非戦闘員として考えているようだ。

「だから、君に頼みたいんだ。出来るよね?」

「...当たり前でしょ?私はそこら辺に転がっているだけのアンドロイドじゃないわよ」

 ふんと鼻を鳴らして、イレブンは胸を反らした。

「その連絡をしてから一分後、キナンがセキュリティーを暴走させて、自爆装置を作動させる」

「じ、自爆装置?!」

 アイラは目を丸くする。他二人も同じような反応だった。

 そんなものが工場に取り付けてあるとは、誰も考えないだろう。

「そ、自爆装置。アルバイトしてた時にね、職員の人が話してたの。...何か変な事が起こった時に、情報を漏らさせないように付けてるらしいよ...。そう、例えば私達が『変な事を起こそうとしている人間』だしね」

 シャルティエは片目を閉じて、小さく笑いながらそう言った。


 すっかり失念していた。

 ゴードンとレッドという人物が作っている代物なのだ。警備が厳重で情報漏洩に異常に怯えてしまう事にも頷ける。


「まぁ、でそれで工場爆破、って事か?」

「そうですね、そういう事になります」

 一連の流れはおかしな点のないものであるが、どの場所でも自分達の最大の実力を出さないと破綻してしまうような、そんな計画である事は確かだった。

 危ない綱渡りである事。それは目に見えて理解出来る。


 しかし、やらないわけにはいかない。後に引くという選択肢は、アイラにも――恐らく彼ら三人にもないのだろう。


 アイラはゴードンの陥落を望み、彼らはレッドの死を望んでいる。


 どちらかが倒れるまで、この勝負は終わらない。


「分かった。やろう」

 アイラの芯のある言い方に、全員が決意の籠った眼で応じた。


「全ては神の采配のままに、だね」


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