協力体制

 朝食を食べ終え、アイラとイレブンは食器を片付け、エルリックは身体を軽く動かしてナイフを装備する。

「よし、劇場に行ってみよう。三人に、話さないと」

「分かったわ、エル、準備はいいの?」

「大丈夫だ」

 盗られては困るものだけを持って、三人の居る劇場へ向かった。


 エレーノ劇場へ向かうと、劇場の前で黒髪の青年が劇場の看板の剥げていた箇所を塗り替えている。

 さらりとした手触りの良さそうな黒髪に、やや垂れ目がちな紫色の瞳をした、目鼻顔立ちの良く整った美青年だった。鎖骨が、否下手したら胸元辺りまで見えそうなシャツを着ており、すらりとした足を強調させるようなパンツを履いている。

 彼はぐいっと手の甲で髪の毛を押し上げるように汗を拭い、それから気配を察ししたのか、アイラ達の方向を見て目を丸くした。

「おはよ、フラウくん」

「っあ、おはようございます、アイラさん、エルリックさん、イレブンさん」

 美青年―フラウ・シュレインは頬にペンキを付けたまま、へらりと眉を下げて笑う。それからペンキの筆をインク缶の中にいれ、手の平に汚れがないのを確認してから、三人の元へ寄った。

「朝のお仕事は?シャルが言ってたけど」

「あぁ。うん、深夜帯のお仕事の人の為にね、不定期なんだけどショーしてるんだよ。その時は、人が少ないからキナンが歌うんだよー。へへへ、キナン歌上手いのに人が多い夜は嫌だって言ってね?恥ずかしがり屋なんだよ、ああ見えて」

「へぇ」

「あ、そうだ。朝、シャルが行きましたよね?シャルが、何か迷惑かけたとか、ないですか?」

「ううん、そんな事ないよ。朝のご飯ありがとうね、美味しかったよ」

 アイラはにこっと笑ってフラウの頭を撫でた。

 フラウは特に恥じらう素振りも見せず、それをただただ受け入れていた。瞬間、ぞくりと背筋が震えるような殺気が三人の背中に刺さった。

 後ろを振り向くと、劇場の端にぎろりとした視線がこちらへ向いているのが見えた。フラウと同年代に見える黒髪の青年である。

 黒髪の一部を赤く染めており、それと同色の赤色の瞳は、今はキッと細められている。フラウよりは線が細く頼りなく見えるが、しかしその分彼より少しばかり身長が高い。

「キナンくん」

 声を掛けられた青年―キナン・トーリヤは、びくっと肩を震わせた。フラウは気付いていなかったのか、アイラの声でキナンの姿があった事を知ったようだ。

「どうしたの、キナン?」

 ぴくん、とキナンの肩がまた震え、しかし彼はずかずかとフラウの方へ近付いて行った。そして、フラウの頭をぎゅっと抱いた。

「お、俺らのだから!」

 友達を取られる事を拒む子どものように、キナンは少し唇を尖らせてそう言った。フラウは目を白黒させて、アイラは目を丸くしてから口元に手を当ててくすくすと微笑んだ。

「大丈夫、取らないよ」

 キナンは顔を真っ赤にして、それからどうしたらいいのか分からないのだろう、彼の頭を抱き締めたまま固まってしまっている。


「あー!キナン、フラウに何引っ付いてるのー!ずるいなぁ」


 上の方から声が降って来た。その場の全員が上を向くと、膨れっ面のシャルティエが羨まし気にキナンとフラウを見下ろしている。それをいいきっかけだと思ったのか、キナンは大声で「うるさい!」と叫び、劇場のホールへと走って行った。

「...えーと」

「あぁ、いつもあんな感じなんです...。キナンもシャルも、何故か俺によく引っ付いてあぁ言って。外でも他の人が結構声を掛けてくれるんですけど、キナンとシャルを見ると、すぐに苦笑いをして去ってって...。あれ、今思えばなんでなんだろう...」

 フラウは自分で言いながら、眉を寄せて顎に手を当てた。三人は顔を見合わせる。

 どうやら彼には、顔が整っているという自覚があまりないらしい。他人に声を掛けられている事の異常性もあまり理解しえていないようだ。

 アイラはその場の雰囲気を正すように、パンと手を一つ打った。

「あ、あのさ、今から時間、あるかな?それとも夜のショーの練習とかで忙しい?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

 フラウはこくりと頷く。

 ようやく三人はエレーノ劇場のホールへと入る事が出来た。


 客はもういないようで、がらんどうとしたホールとなっていた。人がいる時と居ない時でこうも雰囲気が変わるのか、とアイラは思わず目を見張る。

「ん、お前達か」

 舞台裏の袖から、無精髭を生やした男が顔を出した。

 腕の良いロボット技師であり、キナン達三人の親代わりをしているオリエット・アーダースである。

 彼の姿を見てアイラとイレブンは深々と頭を下げる。フラウの顔はパッと輝き、オリエットへ駆け寄る。

「どうも、こんにちは、オリエットさん」

「父さん、看板まだ塗り終えてないんだけど、アイラさんと話してもいい?キナンとシャルを交えて、さ」

「劇場の事はおめぇらに任せてんだ。好きにしろ。俺は部品の買い出しと、昔馴染みの友達ダチと飲みに行く。夜中に帰るから鍵閉めて寝とけ」

「そ、それくらい出来るよ」

「どうかな。ガキだからな」

 オリエットは歯を見せて笑い、フラウの頭をぐしゃぐしゃと撫でて外へと出て行った。

「じゃ、ここら辺で座っててください。上の二人、呼んできます」

 フラウはそう言って舞台袖の方へと走って行った。アイラ達は近くの丸テーブルの席に座った。


 ほどなくして、フラウがキナンとシャルティエを連れて降りて来た。二人共、顔に抓ったような痕があった。

「んで、あれだろ?俺達の提案に対して何か言いに来たんだろ?」

 キナンはすたすたと歩いて行って、椅子にまたがるようにして座った。

 どうやらシャルティエの持って来た紙の内容は、三人で考えて立てた内容のものであるようだ。

「来てくれた、って事は...、呑んでくれるって事でいいんだよね?」

 確信を持った声の響きで、シャルティエはにこりと微笑んで問うた。アイラは静かに頷く。

「でも、私はこの中の誰もに傷ついて欲しくないの。怪我を負って、ボロボロになって、...死んでしまったら嫌だ。だから、それのリスクを出来る限りない方法がいいの」

「......かなり無理な注文するな、アイラさん」

 キナンは顔を顰める。フラウもシャルティエも難しいであろうといった顔つきである。

「分かってる、でも...、ごめんなさい。それだけはどうしても...、お願いしておきたい」

 芯の通ったアイラの声に、三人は顔を見合わせて、それからフラウが小さく微笑んだ。

「俺も、その気持ち分かります。だから、俺も出来る限りそれに協力します。ね、キナン、シャル」

「......お前がそういうなら、別に。その時の運によると思うけど」

「私は勿論!フラウの言葉は神の御言葉に等しいからね」

 フラウはそう言う二人に目を丸くして、困ったようにはにかんだ。


「まぁじゃあ、改めて...、よろしく頼むな、アイラさん」


 キナンはそう言って、アイラの方へ手を差し出した。アイラはその手をしっかりと握り、こちらこそ、と笑って言った。

「それじゃあ、しっかりとした作戦を立てていくか。んで、戦闘員は、そっちはエルリックさんだけか?」

「あたしは戦えないわ。人に危害を加えると、コアが爆発する仕組みになってるの」

「とんでもないねぇ、それ」

「俺だけでいい。アイラとイレブンは使えない」

「こっちは殺しを経験したことがない三人だ。でも、一人一人がそれなりの能力値を持ってる」

 キナンはそう言って、自身の黒いパンツをグッと捲り上げた。それは普通の人間の肌色より薄いが、関節の所々が異様に盛り上がっていたり、不自然な影の付き方をしていた。

「俺は跳躍力や素早さ。そこら辺の普通のアスリートには負けないくらいには速いぜ」

 キナンは歯を見せて笑い、それから顎でフラウの方を向くように示した。フラウは自身の指で自分自身を指差し、不服そうにしながらも、服の袖を捲り上げた。

 キナンの足同様、元の肌よりも青白い肌色の左腕で、やはり関節部分に違和感のある造りになっていた。

「俺は、左腕だけなんだけど、力と...、中にワイヤーを仕込んであるんだ。武器にもなるし、人二人分くらいの重さなら耐えられるくらいの強度があるよ」

 照れ臭そうに微笑みながら、フラウはそう言って腕の筋肉を見せつけるようなポーズをとった。そして、その腕でシャルティエの背中をとんと叩く。

 彼女は少し目を丸くして、面倒臭そうにヘッドフォンを取った。

 耳の形は変わっていないが、耳の淵を縁取るようにボルトの銀色が数個ほど埋め込まれている。シャルティエはその部分を見せると、すぐにまたヘッドフォンで隠した。

「朝にも言ったけど、私はどんな小さな音でも拾える。でも、大きい音も大きく拾っちゃうから、脳に響くみたいで嫌いなんだ。これは、音の軽減用に付けてるだけなの」

 一通り説明し終え、今度は三人がアイラ達の方を見た。

 どうやら今度はアイラ達三人の説明を求められているらしい。

 アイラは自分がスタンガンを持っている事、エルリックとは約束を交わしておりアイラの目的が果たされるまで、護衛人のような形を取ってアイラを守ってくれるという事。そして、イレブンは自分のしたい事を見つける為に二人に同行している事。

 全てを手短に話しておいた。〈大監獄〉での話や、エルリックが殺人鬼である事は一応伏せておいた。

 三人を信用していないわけではないが、これから協力しなければいけない人間が犯罪者であると知って、信用度が落ちてしまっては困る、とアイラは踏んだ。

「護衛人になれるって事は、それなりに腕はあるんだよな、エルリックさん」

「まぁ...、それなりなんじゃねぇの。俺が俺の力が分かるわけないだろ」

「なら、工場の護衛人はお願いしていいかな?周りのサポートは私達に任せてさ」

「そんな簡単に出来るもんなのかよ」

 その言葉にキナン、フラウ、シャルティエは顔を見合わせて、良いイタズラを思いついたような子どもの顔をした。


「意外とな、あるんだよ」

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