劇場の三人組
次の日。アイラはうるさい二つの声で目を覚ました。
ボロボロの寝室はソファのある部屋から遠い。エルリックは鍵のかからないこの家に侵入してきた人間を殺すべく、イレブンのいるソファの部屋に居る。つまり、彼らが言い争っている事は分かるのだが、それなのに、こんなにもよく聞こえるのか。
寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こし、アイラはソファの部屋へと歩いて行く。だんだんと声は大きくなっていく。
「本当、あんたって意気地なしなのね!何昨日のあの態度!男としてあの態度?!ありえないわー」
「うるせぇよ!つか、なんで聞いてんだよ!」
「スリープモードは、周りの音までは遮断してないのよ!あくまでも喋れないだけ、身体の運動機能のみの機能を停止させるだけよ。ほーら、人の話を聞かないから」
「うるっせぇ!!いいから忘れろ!アイラに言うなよ!」
「私が何?」
ソファの上で寝転んでいる幼い少女と、成人済みの男性の言い争い。
アイラはその光景を不思議そうに眺めていた。
「...ッチ、何でもねぇよ」
「おはよう、アイラ」
アイラの姿を見て、イレブンはにこやかに笑い、エルリックは眉間に皺を寄せて忌々し気にイレブンを見ていた。
「うん、おはようイレブン」
アイラはイレブンにそう返し、エルリックの方を向いて「おはよう、エル」と言った。エルリックは「おう」とだけ返し、イレブンを睨むのは止めた。
朝は朝食を買っていなかった為、そのまま三人は、赤目の青年が言っていた街の西にあるという劇場に向かう事にした。
「西側って言っても、どこにあるのよ、その劇場っていうのは」
「見て分かんじゃねぇの?劇場ってでけえんだろ」
「まぁまぁ、ちょっと私が町の人に聞いてみるよ」
アイラは背中に居るイレブンにそう言い、商店街に向かっている若い男性に声を掛けた。
「すみません、ここら辺に劇場ってありますか?」
「劇場?ないよ。娯楽は西アリステラにあるカジノだとか、酒場くらいだ。昔の劇場ならあるかもしれねぇけど、もうどこも潰れてるさ」
「そ、そうですか」
アイラは教えてくれた男性に礼を言い、一人首を傾げる。
「劇場がない、ってつまり...」
「そこを拠点にしてるだけで、大っぴらに運営はしてないんじゃないかしら?」
「だとすると、見つけるのは難しいな...。......おじいさんやおばあさんに聞いてみるかな」
「なんでだよ」
アイラの目星の付け方に、エルリックは首を捻った。その様子に彼女は意味深に笑った。
「昔の知恵のある人なら、知ってるかもしれないでしょ?」
アイラはそう言って、それらしい人を探す事にした。
が、この商店街付近は若い人やロボット、中年男性や女性などが多く、老人は見かけない。
「もっと奥の方なのかな」
「危なくねぇか...?」
「大丈夫だよ。どんな人間が情報を持ってるかは分からない。だから、どんな人にも話を聞くのが基本だよ」
アイラは特に気にも留めず、どんどんと人の少ない路地の方へと入って行く。
しばらく歩いて行くと、薄汚れた灰色のローブを深く着た人物が路地の片隅に座り込んでいた。その目の前には何も入っていない空き缶が、そこには置かれていた。
物乞いであろう。
エルリックとイレブンは顔を見合わせたが、アイラは特に気にする事なくその人物へ近付いた。
「すみません、お話いいですか?」
アイラの声に、その人物は顔を上げた。
深く皺の刻まれた顔に、白髪がローブの合間から見え隠れしている。しかし、眼光は鋭く歴戦の戦士のようであった。
「何かね、お嬢さん」
低く落ち着き払った声で、彼はそう言った。アイラはにこりと微笑んで、財布から千ファルツ紙幣を一枚取り出し、空き缶の中に入れた。老人の目が大きく見開かれる。
「これは情報代です。私達、劇場を探してるんです。若い子達が出入りしてるような、そんな劇場、知りませんか?そこで待ち合わせをしているんです。教えていただけませんか?」
顔と同じく深く皺の刻まれた手で空き缶を握り、それから静かに頷いた。小刻みに腕を震わせながら、左の路地を指差した。
「この方向にまっすぐ進めば、おんぼろの安息地がある。...お嬢さんの言っている若い子は、歌姫達だろう?」
「歌姫ぇ?」
老人の言葉にエルリックが首を傾げた。イレブンも不思議そうに目を丸くする。
「そう。...我々のような、哀れな者達に手を差し伸べてくれる...、良い子達だ。儂は金をあまり手に出来んから一週間に一度しか通っていないが...、あの安息地は素晴らしい」
彼はそう言って、顔を伏せた。アイラは静かに立ち上がり、老人に頭を下げた。
「ありがとうございました」
アイラはエルリックへ目を向ける。目で合図し、三人は老人の示してくれた道へと進む。
「...........ここ、かな?」
老人の示していた場所に向かうと、古びたボロボロの二階建ての建物が建てられていた。妙に小奇麗で凝られた看板には、「エレーノ劇場」と記されている。
「この場所に居るのか」
「......行ってみよう」
三人はそれぞれに顔を見合わせ、古ぼけた劇場の中へと入って行った。
「......わぁ...っ!」
中は広く、よく声が響いた。
そこそこ置かれている椅子には、道を示してくれた老人と同年代と見える人間達が大半を占めていた。見える若い人間は、アイラ達だけのように見える。
室内を照らすシャンデリアは個数が少ないのか、薄暗くなっている。ワインレッドのカーペットは床一面に敷かれ、外のボロボロ見た目に反して清潔であった。
他の場所よりやや高めに作られている舞台には、木の丸椅子とマイクが置かれている。
「お、来たか」
後ろから声を掛けられ振り向くと、赤目の青年がいた。その赤目に合わせたような赤いネクタイを締め、白いシャツと黒いパンツを身に付けている。昨日着ていた赤色のタートルネックではない。
「え、えと、君...」
「......あぁ、ここの人間なんだ。俺」
今までの知っている恰好との違いに、アイラは戸惑っていた。
「......馬子にも衣裳ね」
ぽそりとイレブンが呟く。ぎろりと、赤目の青年がイレブンを睨む。
「何か悪口言っただろ、アンドロイド。......見逃してやるんだから、ありがたく思えよな」
彼の口から零れた言葉に、イレブンは目を丸くする。アイラとエルリックも顔を見合わせた。彼は何でもない顔をして、くいっと親指で舞台袖の方を指差した。
「舞台裏の階段上って二階に上がれ。階段の場所が分かんなかったら、中で準備してるフラウに聞いてくれ」
「あ、お前は?」
「ここのホールの仕事があるんだよ。さっさと行け」
しっしっ、と青年は手で払って、すたすたとホールの端の方にあるバーカウンターの方へ歩いて行った。
「ンだよ、あいつ......」
「まぁまぁ、とにかく行こう。ね?」
アイラはエルリックの服の袖を掴んで、青年の言った通りに舞台裏へ入って行った。
「あ、昨日の」
中に入るとすぐ、フラウと呼ばれている美青年がいた。あの時着ていた胸元の開いた服ではなく、先程の青年とネクタイの色が異なるだけで、よく似た恰好をしていた。少女の姿は見当たらない。
彼の後ろには、何箱か大きな木箱が置かれており、更にその後ろに真新しい木の板で作られた階段があった。
「キナン...、赤目の男には会いましたか?」
「うん、会ったよ。階段って、あれでいいんだよね?」
「はい」
美青年に軽く挨拶をしてから、三人で階段を上がり二階部分に来た。
そこは吹き抜けになっており、下よりはシャンデリアが近いお陰か、一階よりは物が良く見えた。銀の塗装が剥がれた柵がぐるりと囲っており、下と同じく、ワインレッドのカーペットが敷かれている。
昔はここも客席として使われていたのだろう。今は、よく分からない器具や寝具が置かれている。
少し進み、舞台の正面に当たる部分に向かうと、そこに一人の男がいた。白髪交じりの頭の、初老の男だった。彼は柵にもたれかかって、下の舞台を見下ろしているようだった。
彼は三人の気配に気づき、舞台の方から顔を背けて、三人の方を向いた。
「......女二人に、男。あんたらが、ガキ共の言ってた客か」
「...あ、っと。貴方は...?」
「...オリエット・アーダースだ。しがない、元ロボット技師だ」
「アーダース...!」
アイラは目を見開いた。探していた、イレブンを直す事の出来る技師。
「あ、あの、オリエットさん!急なお願いで申し訳ないんですが...、この子...、イレブンはアンドロイドで...。直してもらえませんか」
息巻くアイラへ、彼はすっと目の前に手を出した。
「少し待ってくれ」
彼の視線は、また舞台へ向いていた。三人もそれに合わせて下を向く。
そこには青年達と似た恰好をした少女と、先程の美青年がギターを持って立っていた。
「ガキのステージなんだ。少し、聞かせてくれ」
少女はマイクを持って舞台の中央に立ち、用意されている木の丸椅子には美青年が腰を下ろした。
少女が振り向いて、青年に視線を送る。
彼は静かに頷いて、ギターを数回コンコンと鳴らしてリズムを取る。すっと少女は息を吸って、そして――、少女が歌を歌い始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます