第48話 言えた気持ち

「灼熱の、恋……?」


 混乱する翼に、真琴は立て板に水のごとく話し続ける。


「薔薇は本数にも意味があるんだ。薔薇、何本入ってる?」


 翼は改めて紙袋の中身を覗き込む。花束というよりは、ミニブーケと呼んだ方が適切かもしれない。白く小さなカスミソウと共にある、緋色の薔薇の数は……。


「えっと、三本だよね。どういう意味になるの?」


 翼が尋ねると、真琴は一瞬沈黙して言った。


「告白」


「えっ!?」


 動揺して、思わず大きな声を出してしまった。


(いや、愛の告白とは限らないから! 今まで隠してきたことに対する「告白」っていう可能性もあるから!!)


 翼は心を落ち着かせるべく、テーブルの下で両手を強く握る。心臓が痛いほどに脈打つのを感じた。


(港さんのことが好きになったんだ、って「告白」されたらどうしよう……。もしかして、灼熱の恋ってそういう意味?)


 期待と不安が、胸の中で混ざり合う。


 真琴は、どこか切なさを秘めた表情で翼を見つめていた。


 そして、一言一言に、想いを乗せるように言う。


「三本の薔薇には『愛しています』っていう意味もあるんだ」



 翼の頭が再び真っ白になった。



 まばたきを繰り返す。真琴の顔と、薔薇を交互に何度も見つめた。確認するように、何度も。


 目の前の薔薇や、真琴の言葉が現実のものとは思えなかった。強く見つめていなければ、薔薇が消えてなくなってしまう気がした。そもそも、真琴の言葉は幻聴ではないのか。そう思ってしまうぐらいには混乱していた。


「本当に……?」


 戸惑った表情を浮かべながら尋ねる翼に、真琴は頷く。そして、ゆっくりと力強い口調で言った。



「好きだよ、翼ちゃん」



 その言葉は、翼の心の奥深くに浸透する。


 そして、次の瞬間、翼の目から涙がこぼれ落ちた。


 真琴がハッとした表情になる。


「違うの!」


 翼の強く鋭い声に、真琴は一瞬動きを止めた。


 そして、翼は目元を抑えながら言う。


「三年前、告白してくれた時みたいに、悲しいから泣いてるんじゃないの。今回は……嬉しくて泣いてるの」


 涙混じりの声で言うと、真琴の目が驚きに見開かれた。


「それって……」


 かすれた声で言う真琴に、翼は頷く。そして、泣き笑いのような表情で言った。


「私も真琴くんのことが好きだった。三年前から」


 そう言った瞬間、真琴を取り巻く空気が、ほどけていった気がした。硬くなっていたものが、柔らかく緩んでいく。そんな変化だ。


「よかった。僕の勘違いじゃなくて」


 真琴は心の底から安心したように言った。


「え!? もしかして私の気持ち、気づいてたの!?」


 驚いていると、真琴は苦笑いしながら頷いた。


「僕の気持ちは忘れてって言った時、ショック受けてたから。でも、翼ちゃん、河野さんに失恋したばっかりだし、僕の思い込みだろうって思ってたんだけど……」


「お、思い込みじゃないよ」


 自分の気持ちが筒抜けだったと知り、翼は恥ずかしくなる。そして、三年前の苦い記憶を思い出した。


「真琴くんが好きだって自覚したのは、あの時だったの」


 すると、真琴は苦しげな表情になった。


「ごめん」


 その言葉には、いろんな想いが込められている気がした。


 恋愛する余裕がなくてごめん。


 子供でごめん。


 しかし、一番強く感じたのは「翼の気持ちに気づいていたのに、受け止める余裕がなくてごめん」という想いだ。


 あの時、翼も真琴も、お互いに想いを寄せていた。それでも、自分の恋心を抑えなくてはいけなかった。


 翼は幾度となく自分の気持ちを「伝えたい」という欲求と闘ってきたのだ。


 伝えたい。


 伝えてはいけない。


 何度も葛藤した。


 そして、離れると恋心は募るのだと知った。


 あの時の苦しみを思い出すと、胸がうずく。


 しかし、翼にとっては、過去の悲しみよりも、今の嬉しさの方が重要だ。


 だから、笑顔を浮かべて言った。


「三年前は、告白するタイミングじゃなかったんだと思う。でも、やっと好きって言えたんだもん。すごく嬉しいよ」

 

「……ありがとう」


 真琴も唇をかみしめながら、笑った。



***



 イタリアンの店を出ると、熱気を感じた。季節はもう夏だ。


「そういえば翼ちゃん、港さんのことは何とも思ってないんだよね?」


 念押しするような言葉に、翼はきょとんとしてしまう。


「うん、会社の先輩だと思ってるけど……?」


「じゃぁ、もう酔ってても抱きついたらダメだよ。口説かれても反応しないで。仕事帰りは僕が送るから」


 強い口調で言う「彼氏」に、翼はこくりと頷いた。あれは、なぜ抱きついたのか翼にもよくわからない。反省するしかなかった。


 しかし、「彼女」としては翼も訊きたいことがあるのだ。


「真琴くん……寺川さんのことどうするの?」


 そう、真琴に想いを寄せる可愛らしくもしたたかな恋敵。あらゆる手段で揺さぶりをかけてくる亜美に、今後どう接するのだろう。


 真琴は思案するような表情になった。

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