第27話 恋心は隠せない

「え、紫藤くんが?」


 美奈が不安と驚きが入り混じった顔で言った。可愛らしい顔立ちの青年が、こんなことを言うのが意外なのかもしれない。


「藍田さんはお忙しいでしょうし。営業部で一番年下の僕がやります。槙本さんとは学生時代の同級生ですし」


 美奈の不安そうな顔などものともせず、真琴は笑顔で言う。


「男性陣二人がこう言ってるけど、どうする?」


 美奈も自分で言っておきながら、戸惑った様子だ。まさか、真琴まで出てくるとは思ってもみなかったのだろう。


「えっと……」


 翼は思考を巡らせる。


 本心を言えば、真琴の方が気楽だし、港と二人きりになるのは気を使う。しかし、それを正直に言うと角が立つ。だから「一人で帰れます」とやんわり言ってみたが、美奈に却下されてしまった。



 結局、翼が帰る時間に、真琴か港の手が空いていたら、一条駅まで送ってもらうことになった。



 定時を過ぎ、営業部の事務所で一人仕事をこなしながら、翼はふと考える。


(真琴くんに「好き」って言いたいなぁ……)


 昨日、港に告白されて思ったことだ。自分も真琴に想いを伝えたい、という気持ちが高まっていく。


 真琴が翼をどう思っているのかは、よくわからない。だけど、あれだけ心配してくれているということは、少なくとも嫌われてはいないと思う。


 たとえば仕事終わりに一緒に帰ることだって、もし付き合うようになれば気軽にできるだろう。「夜道が危ないから」という理由がなくても。


(でも、佐藤部長がいる間は難しいんだろうな……)


 そんなことを考えていると、ドアが開く音がした。真琴が帰ってきたようだ。


「翼ちゃん、仕事終わったら送るから」


「ええっ、本当にいいの? 会社から一条駅ぐらいだったら大丈夫だよ。街灯あるし」


 翼が遠慮がちに言うと、真琴は机にカバンを置きながら言った。


「僕が送らなくても、港さんが送ると思う」


 その口調には、どこか競争心のようなものが感じられた。翼は首を傾げつつ、仕事を終わらせる。


 約十分後、翼と真琴が営業部の事務所を出ようとした時、ドアが開き、港が入ってきた。


「今帰りか」


 港の言葉に、翼は小さく頷く。港はなぜか楽しそうな笑みを浮かべて「お疲れ」と言った。



 会社を出て、夜の闇の中、街灯を頼りに歩く。


 翼は、ふとさきほどのことを思い出して首を傾げた。


「港さん、なんで楽しそうな顔してたんだろうねぇ?」


「僕が動いたから……かな」


 真琴がゆっくりと歩きながら言った。車道を車が勢いよく走っていく。


「え? 私を送るために動いたってこと?」


「うん、まぁそんな感じ」


 真琴の答えは曖昧だ。そして、どれだけ尋ねても、のらりくらりとかわされてしまう。


「意味わかんないよ」


 翼が言っても真琴は「わかんなくていいよ」と言うだけだ。


 歩きながら真琴の横顔を見つめる。暗い中、街灯に照らされる真琴の顔は、可愛らしい。だけど、どこか頼りがいのある骨太な雰囲気の青年にも見える。翼が知っているようで知らない顔だ。


 もっと真琴に近づきたいなと思う。今は、手さえも触れられない距離を保つしかない。友人の距離を保つしかないのだ。


 そういえば、と翼は思い出す。


「宮井さんの労働審判っていつから始まるの?」


「確か来月じゃないかな」


 真琴が空を見上げながら、神妙な顔で言う。恋愛感情こそないものの、大切に思っていた先輩が事件によって退職した。その解決に向かって審判が行われるのだ。真琴としても、色々と思うところがあるのだろう。


「来月か……」


 翼は口に出してみる。短いような気もするし、長い気もする。


 少なくとも来月まで事件の解決はないということだ。真琴に想いを伝えたくても、来月以降。しかも、佐藤の処遇がどうなるかはわからない。その間に、何か変化があったらと思うと不安になる。


(寺川さんとは付き合わないって言ってたけど……。もし、取引先の女の子にアプローチされてたらどうしよう? 取引先だったら、佐藤部長も手出しできないだろうし……)


 心が不安でいっぱいになる。今すぐ「好き」と言ってしまいたい気持ちに駆られた。


 だけど、そうしようとすると翼の理性が顔を出す。沙知の事件の話が頭をよぎるのだ。仮に、真琴が翼のことを好きでいてくれたとしても、佐藤がいる限り、付き合うのは難しいだろう、と。


 翼自身は誰とも付き合ったことがない。しかし、学生時代に何人か友人たちが付き合うまでの過程を見ていて思った。


 付き合っている男女の「空気」は、黙っていても周りには伝わるものだ。


 隠し通すのは、ひどく難しい。


 恋愛初心者の翼が、付き合っていることを隠し通すのは至難の業だろう。何も言っていない港に「真琴が好き」なのだと見抜かれているぐらいなのだから。


 だから、今は黙っているしかない。


 真琴が隣にいるのに何も言えないことが、もどかしくても。

 


 それから約一か月間、会社の人に護身術を習ったりするなど、日々を過ごしているうちに……。



 第一回、労働審判の期日がやってきた。

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