第24話 意味ある偶然の一致

 港さんと付き合うの?


 そう問いかけた真琴は、翼をじっと見つめている。何を考えているかは読み取れないが、心の奥深くまで見通しそうな強い目力を感じた。


(港さん、また真琴くんに何か言ったの!?)


 一体何を考えているのか、まるでわからない。翼の頭が、渦を巻いたようにぐるぐると混乱し始める。そして、恥ずかしさに目を伏せながら、ぽつりぽつりと言った。


「港さんのこと、そういう風に見たことないからわかんない……。三年前はどう考えても敵意向けられてたし……」


 かろうじてそれだけ言って、真琴の反応を見る。先ほどよりも柔らかい顔で笑っていた。


「そっか」


 真琴の顔を見て、翼の心にムクムクと「もし、付き合うって言ったらどうするの?」と聞いてみたい欲望が生まれる。


(ああ、でも、そんなこと聞いて「別に」とか言われたら嫌だしなぁ)


 そして、翼の口から出てきたのは全く別の言葉だった。


「真琴くんこそ、寺川さんと付き合うの? 明らかにアプローチされてるじゃん」


 すると、真琴は虚を突かれたような顔をした。しばらく目線を泳がせていたが、やがてぽつりと言う。


「もし、僕と寺川さんが付き合ったらどうする?」


「ええっ、やだっ!!」


 とっさに力いっぱい答えてしまい、ハッとする。真琴は翼の言葉の勢いにあっけに取られていたが、すぐに吹き出した。


「そこまで言わなくても……」


 真琴はおかしそうに笑っている。その様子を見ていると、翼も恥ずかしくなってきた。


「ごめん……」


 店内の照明が薄暗くて、顔がはっきりと見えないせいだろうか。お酒も飲んでいないと言うのに、ついつい本音が出てしまった。


 ちらりと真琴を見ると、嬉しそうに笑みを浮かべている。そして、少しだけ翼の方に身を乗り出して言った。


「付き合わないよ」


 その言葉は、翼の耳に甘く響いた。


 何も言えずに固まっている翼に、真琴は会計伝票を持ちながら言う。


「そろそろ出ようか。明日も仕事だし」



 * * *


 夜の一条駅の改札は人通りもまばらだ。


「毎回送ってもらってごめん」


 翼が遠慮がちに言うと、真琴は「僕が心配でやってることだから」と笑った。何だか女性として大切に扱ってもらえている気がして、心が甘く締め付けられる。


 二人の間に、ふいに沈黙が訪れる。まだ、帰りたくない。とっさに翼は尋ねた。


「そういえば護身術って、どこに習いに行ったらいいのかな?」


 沙知の話を聞いて、護身術を習う必要性はよくわかった。しかし、新しくこの街に来たばかりの翼には、習い事の教室がどこにあるかなんてわからない。


 悩む翼に、真琴が思い出したように言った。


「うちの会社の製造部に護身術習ってた人いるから。ただ、教室とか開いてるわけじゃないから、教えてもらうとしたら会社になるかなぁ。聞いてみるけど」


「じゃぁ、お願いします」


 翼がぺこりと頭を下げると「了解」と言って真琴が笑う。なんだか、学生時代に戻ったような気がして嬉しかった。


 二人の間に流れる空気が軽やかになった時。


「槙本さん、紫藤くん、今帰り?」


 振り向くと駅事務所に河野がいた。翼たちを見て、声をかけてきたようだ。


「はい。そうなんです」


 翼が少し緊張した声で言う。横にいる真琴の顔は、何となく気まずくて見られなかった。


 そんな翼には気が付かず、河野は深刻な顔で言う。


「最近、変質者が出てるらしいから。駅でも警告のポスター貼ってるけど、気を付けてね」


 あまりのタイミングの良さに、翼の心臓がどきりとする。これが、シンクロニシティ……「意味ある偶然の一致」なのだろうか。


 翼が驚いていると、横にいる真琴がにこやかに言った。


「大丈夫ですよ。会社の人から護身術習う予定なんで」


「へぇ、そうなんだ。護身術かぁ。おれも昔習ってたなぁ」


 懐かしそうに言う河野に、翼と真琴は意外そうな目を向ける。


「私、習ったことないんですけど……。河野さんが護身術って、ちょっと意外ですね」


 翼が言うと、河野は「駅で働いてると、色々あるからね」と苦笑いを浮かべる。トラブルに対処するために、自主的に習い始めたらしい。


「駅員さんも大変なんですねぇ」


 翼が感心していると、ふいに真琴が、改札前の電光掲示板を見て言った。


「翼ちゃん、電車の時間大丈夫?」


「え? あぁ、もうすぐ電車来るね」


 もう少し河野に話を聞いてみたい気はしたが、あんまり遅くなってもよくないだろう。おとなしく帰ることにした。



 翼の自宅の最寄り駅は、一条駅から電車で十分ほどの距離だ。


 最寄り駅の近くにある駐輪場に立ち寄り、翼は外に出た。そこまではいつも通りだった。


 違和感を覚え始めたのは、自転車で五分ほど走った頃。翼の後ろをつかず離れず付いてくる気配を感じた。


(ずっと付いてきてる……?)


 最初は道が一緒なのだろうかと思って、あえてメイン通りから外れた道に入ってみたりもした。それでも、ずっと付いてくる。


 変だ。


(どうしよう。家を知られたら嫌だ……)


 心の中が恐慌状態になり、冷や汗が流れ始めた。

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