第21話 明かされる真相

「護身術って、なんで?」


 思ってもみなかった言葉に、翼は首を傾げる。真琴は翼の質問には答えず、ぽつりと言った。


「……この後、予定ある?」


 翼は黙って首を振った。もう家に帰って夕食を作るだけだ。翼の答えに、真琴は柔らかな笑みを浮かべる。


「じゃぁ晩御飯、一緒に食べない?」




 そして、二人がやってきたのは、魚料理が売りの和風居酒屋だった。平日だが、会社帰りのサラリーマンたちで店内は賑わっている。二人は半個室のような、扉が付いた席に通された。


 席に着くと、真琴は手際よく注文を済ませてくれた。きっとこの三年間、大人たちの中で、注文を取ったりしてきたのだろう。


(同い年でも社会で働いてきた「三年間」って大きいんだなぁ……)


 薄暗い照明の下に座るスーツ姿の真琴は、かつての「美少女に間違えられる」少年ではない。社会人の青年だった。しかし、きれいな顔に、大きな目、長いまつげは相変わらずで、翼は思わずじっと見つめてしまう。


「どうしたの?」


 真琴が首を傾げて言う。


「なんでもないっ!」


 翼は自分の気持ちを悟られないように、慌ててソフトドリンクに口をつけた。


 照明の薄暗さのせいか、真琴がいつもより大人びて見える。妙にドキドキしてしまう。何か話したいけど、何を話せばいいかわからない。


 翼は黙って前菜のサラダを食べる。心臓が速くなっているせいか、サラダの味がよくわからなかった。シーザーサラダが、喉元を通り過ぎていく。


 そして、サラダの皿が空になった頃、真琴が唐突に口を開いた。


「僕、宮井さんとは付き合ってなかったんだ」


「え? 付き合ってなかった?」


 翼が首を傾げると、真琴は硬い表情で頷く。



 そして、沙知と真琴の身に起きた「事件」について話し始めた。


 

 * * *



 真琴が営業部に異動したのは一年前。それまでは、製造部の工場で仕事をしていたので、宮井沙知とは接点がなかった。


 しかし、営業部に異動したことで、総務部の沙知と接することが増えたのだと言う。また、沙知の方が入社日は先だが、真琴とは同い年であるということもわかった。恋愛感情こそないものの、仕事仲間としてお互いにいい関係を築いていたという。


 そして、半年ほど前、真琴は沙知から「彼氏のフリをしてほしい」と頼まれた。


「え、何でですか?」


 先輩社員の頼みに、真琴は戸惑った。


 沙知は「お願いだから何も聞かないで」と言う。しかし、理由も聞かずに恋人のフリなどできない。真琴が再度理由を尋ねると、沙知はとうとう重い口を開いた。


「社内の人から、不倫を迫られてるの」


 会社帰りに食事に誘われて断り切れず、一度だけ行ったことがあるらしい。その後から、しつこく迫られるようになったそうだ。


 沙知が唇をかみしめていると、真琴は眉根を寄せて言った。


「総務部の佐藤部長に相談したらどうですか? セクハラの相談窓口は総務部ですよね?」


「無理よ」


 沙知は力なく首を横に振った。


 真琴がなぜなのかと尋ねる前に、沙知は絶望に彩られた表情で告げる。


「だって、不倫を迫ってきてるのは、総務部の佐藤部長なんだもの」



 * * *



「嘘……」


 話を聞いた翼は、茫然としていた。


 セクハラの相談窓口の責任者が、セクハラをしていた?


 あまりにも信じられない話で、翼の頭が内容を理解するまでに、少々時間を要した。


 がやがやとした居酒屋のざわめきが、翼の意識を現実に引き戻す。


「それから……どうなったの?」


 かろうじて声に出すと、真琴は歯切れの悪い口調で答えた。


「会社に相談できないから、とりあえず彼氏のフリはしてみたんだ。でも、結論としては逆効果だった」


 佐藤は「あんな奴のどこがいいんだ!」と言い、かえってしつこく付きまとってくるようになったという。


 時には、一人暮らしをしている沙知の家まで、ストーカーのように後をつけてくることもあったそうだ。それでは、真琴が彼氏のフリをしてる意味がない。


「だから、もう僕達別れたことにしようって、宮井さんと話し合って決めたんだ」


 別れたように見せかけることで、しばらくは佐藤の行動も落ち着いたという。


 沙知のことは心配だったが、あまり近寄るわけにもいかず、しばらくは見守ることしかできなかった。


 そんなある日。


 夕方、真琴が取引先から会社に戻るべく、車を走らせていた時のことだ。


 信号待ちをしていると、社用携帯にメール着信のランプが点灯しているのが見えた。嫌な予感がしたので、すぐに内容を確認をする。読んだ瞬間、真琴は青ざめた。


 ――今、会社の近く。ホテルに連れて行かれそう。助けて!


 沙知からだった。


 総務部の人間は、備品の買い出し等で外出することが多々ある。外出の際、部長に連れて行かれたのかもしれない。


 ホテルは会社の近くには一軒しかない。真琴が今いる場所からは、十分もかからない距離だ。


(間に合ってくれ……!)


 真琴は祈るような気持ちで車を走らせ、目的地に向かった。

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