第16話 初デートと誤解

 真琴への恋心を自覚してから、初めてのデートだ。


 朝、翼は華の部屋で服を選んでいる段階でドキドキした。


「この服はどう?」


 華が差し出してきたのは、Vネックのワンピースだ。グリーンの生地に、白い花模様が入っている。


「大人っぽすぎない……?」


 袖を通してもいないのに、なんだか着るのが恥ずかしい。しかし、華は強い口調で言う。


「学生時代とは違うところを見せてやればいいじゃない」


「ええっ!?」


 そして、翼は今、グリーンのワンピースを着て、待ち合わせ場所に立っている。髪もいつもは一つに束ねているが、せっかくなので今日は下ろしてみた。


 待ち合わせ場所は、真琴の実家の最寄り駅にある、ショッピングモールの中央広場だ。ゴールデンウィーク中の為か、モール内は家族連れ、友人同士など、多くの客でにぎわっている。


「お待たせ」


 声をかけられて振り向くと、真琴が立っていた。紺色のジャケットに、無地のシャツにジーンズというスタイルだ。


 真琴は、翼の服装を見て目を瞬かせながら言う。


「あれ? 今日、髪下ろしてるんだ」


「……変かな」


 真琴の反応を見たいが、恥ずかしくてうつむいてしまう。


「そんなことないよ。髪もワンピースもよく似合ってる」


 言われた途端、翼は弾かれたように顔を上げた。真琴の目はモール内の照明を受けて、きらきらと輝いていた。似合っているという言葉もお世辞ではなくて、心からのものだと感じられる。


「あ、ありがとう……」


 嬉しさのあまり、口元が緩みそうになるのを必死でこらえながら、翼は礼を言う。


「そっか。翼ちゃん、髪伸びたんだよね。大学の時はショートカットだったもんなぁ」


 真琴が懐かしそうに言うと、翼は笑顔で答える。


「うん、卒業式で袴着たかったから、髪伸ばしてたの。長い方がヘアアレンジもしやすいし」


「そうなんだ。卒業式の写真ってある?」


 真琴の言葉に頷いて、翼は携帯を取り出す。卒業式の写真のフォルダを探し、真琴に見せた。


 翼が着たのは、黄色の生地にピンクの花模様があしらわれた着物に、袴が紺色のデザインのものだった。そして、髪型はアップスタイルで、赤い花飾りをつけている。卒業式に、同級生の女子たちと、袴のデザインでひとしきり盛り上がったのもいい思い出だ。


「可愛いね。翼ちゃんによく似合ってる」


 どきりと胸が高鳴る。でも、袴のことを言っているのか、翼のことをほめているのかよくわからない。


 そして、真琴は携帯の写真をスクロールしていくと、急に動きを止めた。どうしたのだろう、と翼がのぞき込む。画面には翼と、友人のいぬいまどか、そして後藤俊が写っていた。


「あいつとまだ付き合いあるの……?」


 真琴が静かな声で問う。後藤が中学時代、翼に「嘘の告白」をして、暴言を吐いたことを真琴は知っている。それゆえに学生時代、後藤に無言の敵意を向けていたのだ。


 何となく空気がぴりぴりとしたものになった気がしながらも、翼は慌てて言った。


「言ってなかったっけ? 今、付き合ってるんだよ、後藤くんと」


「……え?」


 真琴は携帯の画面と、翼の顔を交互に見ながら、顔を硬直させた。


「付き合ってる?」


「うん、そう」


 翼が力強く言うと、真琴の顔から生気が抜け落ちた気がした。そして、真琴はためらいがちに口を開く。


「あ、あの……。なんで?」


「えー、なんでだろう。まどかちゃんに聞いてみないとわかんないなぁ」


 翼がそう言うと、真琴はしばらく無言になった。そして、何度もまばたきをしながら、再び携帯の画面と、翼を交互に見る。


「あのさ……。付き合ってるって、誰と、誰が?」


「え? まどかちゃんと、後藤くん」


 きょとんとしながら答えると、真琴は気が抜けたような顔をした。



 * * *



「私と後藤くんが付き合ってると思った!?」


 翼は昼食の席で、真琴の「勘違い」を聞いて驚いた。


 ケーキバイキングの店は入店できなかった。ゴールデンウイークの為に、全席予約制となっていたからだ。結局、二人はアジアンカフェに入って、昼食を取っている。


 翼が食べているのは、タイ風に味付けされた豚のひき肉と、目玉焼きが乗った料理だ。


「いや……。だって、まどかちゃんと付き合ってるなんて思わないからさ」


 真琴は麺料理を食べつつ、バツが悪そうに言う。


「私も、まどかちゃんと後藤くんが『付き合い始めた』って聞いた時はびっくりしたけどねぇ。でも、なんだかんだで二人とも楽しそうに付き合ってるよ」


「……そっか。翼ちゃんは? 今は誰かいないの?」


 何気なく尋ねられた言葉に、心臓が掴まれるような気持ちになる。


(す、好きな人なら目の前にいるんですけど……!!)


 翼は動揺が伝わらないように、必死に平静を装って答えた。


「彼氏は、いないよ」


 そう答えると、真琴は麺料理に伸ばしかけた箸を一瞬止めた。しかし、すぐに箸を伸ばしながら言う。


「そうなんだ」


 何となく、真琴がまとう空気が柔らかくなった気がした。しかし、翼は逆にドキドキしすぎてしまい、料理の味がよくわからなくなってしまった。



 会計を済ませて店を出ると、真琴は思い出したように言う。


「あのさ、翼ちゃん。ゴールデンウィーク明けたら、残業はなるべくやめた方がいいよ」


「え? なんで」


 翼が首を傾げると、真琴は強い口調で言った。


「女の子が会社に一人でいるのは、危ないから」


「でも、仕事が終わらないんだよね……」


 翼が困ったように言うと、真琴は尚も言う。


「朝来てやったら?」


「うーん、朝だと間に合わなかったら怖いし……」


 だから結局、残業してやることになってしまう。しかし、真琴は渋面を作って言った。


「男って、恋愛感情がなくても行動できるからさ。女の子が一人で仕事してて、何かあったら危ないよ」


 その言葉に、翼は全身を硬直させた。


「真琴くんも、恋愛感情がなくても行動できるの?」


 自分でも驚くぐらいに硬い声が出た。真琴は何を言われたのかわからないような顔をしている。


「真琴くん、港さんと付き合ってた時『恋愛感情がなかった』って言ってたよね」


 呟くように言うと、真琴が顔をこわばらせた。


 真琴の傷口をえぐるようなことを言った自覚はあった。港と別れるまでに苦労したのを、翼は知っているからだ。ひどいことを言ったとは思う。でも、謝れない。謝りたくなかった。


 真琴の言葉に、翼も傷ついたからだ。


 翼は真琴のことが好きで「好きになってほしい」と思っている。華は「好意を持たれてる」って考えてもいいのかも、と言ってくれた。


 だからもう過去にとらわれるのは、やめよう。素直になろう。そう思ったのだ。


 しかし「恋愛感情がなくても男は行動できる」と聞いた瞬間、翼の心の中で、何かが壊れる音がした。


 心が切り裂かれたように痛い。今、翼の心を占めているのは、真琴への恋心ではなく、自分の悲しみだ。


 気まずくなってしまった空気を破るように、翼は言う。


「帰るね。今日はありがとう」


 真琴に背を向けて、全速力で走り出した。


 好きな人に素直になろうと思ったのに、また素直になれなかった悔しさ。一番言ってはいけないことを言ってしまった罪悪感。それらが、翼の心を支配する。


 走っていないと泣き出してしまいそうだった。


 周囲の人が何事かと言う目で見てくるが、かまわずに走る。


「わっ」


 脇目も振らず走っていると、誰かにぶつかってしまった。


「すみません! ……え?」


 顔を上げて、驚いた。相手も驚いているようだ。


「藍田さん?」


 ぶつかった相手は、港だった。そういえば、三年前も真琴たちとケーキバイキングの帰りに港と会ったことを思い出す。


「どうしたんだ?」


 息を乱しながら走ってきた翼を見て、何事かと思っているのだろう。翼は、港の華やかな顔立ちを見ながらしばらく考え込む。


 ――男は、恋愛感情がなくても行動できる。


 真意は、どうなのだろう。翼は、正面から港を見据えて言った。


「藍田さん。連休前、なんで私のお菓子食べたんですか?」

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