第17話 本音のかけら

 ――なんで私のお菓子食べたんですか?


 翼の問いかけに、港は静かに答える。


「槙本さんが食べてるお菓子を、俺も食べたかったんだ」


「はぁ……。よっぽどお腹空いてたんですね」


 間の抜けた声で返事をすると、港は何度かまばたきをした。腕組みをして少し考え込んでいる様子だ。


(違うのかな?)


 そう思っていると、港が新たな質問を投げかけてきた。


「真琴に何か言われたか」


「え? 危ないから残業はやめろって言われましたけど」


 翼が首を傾げながら言うと、港は笑みを浮かべる。


「まぁ、残業はあまりしない方がいいだろうな」


「努力します……」


 そうは言っても終わらないのが実情だ。翼は唇を尖らせる。そんな翼を見ながら、港はおかしそうに笑った。


「立ち話もなんだから、お茶でもするか?」


 港がそう言った瞬間。


「じゃぁ、僕も混ぜてください」


 背後から声が聞こえた。


 振り返った先にいたのは……。


「真琴くん!?」


 翼が驚きの声を上げた。


 真琴は、翼と港を真っ直ぐに見据えている。


(ど、どうしよう。さっきのこと謝らないと……)


 港にも残業はしない方がいいと言われた。同じことを先輩二人に言われるということは、行動を改めるべきは翼の方だ。しかも、翼は真琴に、過去の傷口をえぐるようなことまで言ってしまった。冷静になった今は、罪悪感しかない。


 翼は、真琴と港を交互に見る。


 そして、真琴の方に向き直り、意を決して口を開いた。


「あ、あの、真琴くん! さっきは、ごめん。心配してくれてありがとう」


 簡潔にだが、自分の気持ちを表現する。真琴の反応をそっと伺うと、小さく頷いた。


「いいよ、本当のことだから」


 何でもないことのように言っている。


 かえって心が痛かった。



 そして、約二十分後。


(この組み合わせでお茶って、何なんだろう……)


 翼はカフェのテーブル席に座っていた。ミルクレープを食べつつ、そっと目の前にいる二人の青年の顔を見る。


 昔は美少女に間違われていたほど、可愛らしい顔をした真琴。どこか謎めいた、華やかな顔立ちの港。


 なぜ自分は、こんな個性的な美青年二人とお茶をしているのだろう。まるで意味がわからない。


「こうしてると、塾の講師時代に戻った気分だな」


 港は笑みを浮かべながら言う。


「はい、懐かしいですねぇ」


 真琴も同意するように頷いた。表面上は、にこやかな会話だ。しかし、翼は肌にぴりぴりとした空気を感じる。


(な、なんだろう。笑顔なのに火花が飛び散って見えるのは気のせい?)


 翼は空気を変えるべく、違う話題を振ることにした。


「あ、あの藍田さん。歓迎会の日、なんで私をカフェに誘ってくださったんですか?」


 港は少し考え込むと腕組みをしながら答えた。


「単純に興味だな。三年前、真琴が好きになった女の子がどんな子なのかなって」


 聞いた瞬間、翼はせき込みそうになった。隣にいる真琴を見ると、気まずそうに視線を窓の方に向けている。


「……私がどんな人間なのか、おわかりいただけたんでしょうか」


 翼がかろうじてそれだけ言うと、港は腕組みを解いて頷いた。


「ああ、俺がまだ真琴を好きなのか、気にしてるっていうことはよくわかった」


 聞いた瞬間、心臓が止まりそうになる。


(何なの港さん!? もしかして、私の気持ちバレてる!?)


 まるで、綱渡りをさせられているような気持ちだ。心の中で冷や汗が流れ始める。


(ど、どうしよう……! 「槙本さんは、真琴のことが好きみたいだぞ」とか言われたら困る!)


 しかし、翼の予想に反し、港は唖然とした表情の真琴に目を向けた。


「安心しろ、もう真琴のことは何とも思ってないから。今はただの同僚だ」


「はあ……」


 なんと言えばいいかわからない。真琴はそんな表情をしながら、頷いていた。翼はとりあえず矛先が自分に向かわなかったことに安堵する。


 翼たちがカフェを出て駅に向かったのは、約一時間後のことだった。


 

「お疲れ様です。じゃぁ、連休明けに」


 翼は真琴たちにそう言って、駅の改札を通り、ホームへ向かう。


 カフェにいた時は、生きた心地がしなかった。大好きなミルクレープも、どんな味だったのか覚えていない。今日味わったのは、カフェラテの苦みだけだ。


(なんか、初デートっていうか、初陣ういじんって感じだったな……)


 まるで戦場から帰ってきた戦士のごとく、精神的に疲れ果てていた。


 * * *


 駅の改札で翼を見送った後、真琴は港に強い視線を投げかける。そして、問いただすような口調で言った。


「どういうつもりですか、港さん。翼ちゃんのお菓子食べるなんて」


「そこまで話したか」


 港はおかしそうに笑った。何を考えているのかまるで読み取れない。


 そして、港は質問に答えず、別の話題を口にする。


「真琴が三年前に、あの子を口説き落とせなかった理由はよくわかったよ。恋愛初心者のお前には、ハードルが高かっただろう」


「告白するまで、僕の気持ちには気づいてもらえませんでしたからね」


 三年前のことを思い出し、ため息をつくように言った。


 そんな真琴を、港は射抜くように見ながら言う。


「お前、なんで動かないんだ? ずっと槙本さんのこと見てるくせに」


 その言葉に、真琴は眉根を寄せる。沈黙を守る真琴に、港はかすかな笑みを浮かべて言った。


「お前が動かないから、俺が動こうと思ったんだよ」


「動くって何をする気ですか!?」


 真琴は港に掴みかかるような勢いで言った。


「さぁな。気になるなら真琴も動けばいいだろう」


 そう言って、港は帰っていった。


 一人取り残された真琴は、港の言葉を頭の中で繰り返す。


 ――……なんで動かないんだ?


「動けないんだよ」


 悔しげに言う真琴の呟きは、駅のざわめきにかき消された。

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