第13話 好きを態度で示す

 翼は、一条駅の改札前で真琴の後ろ姿を見送った。そして、ホームに入るべく振り返る。駅事務所にいる河野と目が合った。


「恋愛相談ならいつでも聞くよ」


 河野に、にこやかな笑顔で言われる。色んな意味で心臓が止まりそうになった。


(何で!?)


 翼の気持ちは全て見抜かれているらしい。動揺していると、河野はさらに言う。


「人間が泣くのって、仕事か恋愛のことが多いからさ。槙本さん、就職したばかりだから仕事かなって思ってたけど」


「もちろん、仕事の悩みもありますけどね……」


 翼は思わず苦笑いしてしまう。相変わらずタイピングのスピードは遅い。電話に出ても取引先の名前が聞き取れない。学生時代のアルバイトと、社会人の仕事は違うのだと実感している所だ。


(河野さんに恋愛相談って恥ずかしいんだけど……)


 しかし、身近に相談できる相手もいない。人生の先輩に訊いてみるのも一つの手だろうか。


「あの……素直になれない時ってどうしたらいいんでしょうか」


 口に出すと、恥ずかしくなってくる。河野の反応をそっと伺うと、少し考えた後にこう言った。


「そういう時って、目線が相手じゃなくて自分に向いてるんじゃない?」


「……そうかもしれません」


 真琴に対して「寺川さん、可愛いよね」と言ったのも、自分の外見コンプレックスで頭がいっぱいになっていたからだ。真琴を見ているようで、自分のコンプレックスを見ていたのかもしれない。


(私、自分のことしか考えてないじゃん……)


 自己嫌悪にとらわれ、肩を落とすと河野が励ますように言う。


「でも、あんまり好きって態度に出しすぎるのもよくないからさ。たまに好きって態度で示すぐらいでちょうどいいかもしれないよ」


「そうなんですか?」


 恋愛のさじ加減と言うのは、どうも難しい。初心者の翼には目安がわからなかった。


 * * *


 その後、真琴とも港とも、特に何が起こることもなく日々が過ぎていく。


 気が付けばゴールデンウイークが迫ってきていた。


(これを終わらせれば、明日から休み……!)


 業務終了時間を二時間ほど過ぎても、翼は一人で営業部の事務所に残っていた。どうしても仕事が終わらないのだ。途中まで美奈が手伝ってくれていたが「ごめんね、夜行バスで実家に帰らないといけないから」と、先に帰っていった。


「まだ残ってたのか」


 声がした方に目を向けると、港だった。取引先から戻ってきたらしい。


「お疲れ様です」


 苦笑いしながら言うと、港はお菓子の箱を差し出した。


「食べるか?」


 翼が戸惑いながら受け取ると、某有名メーカーのスティック状のお菓子だった。「ありがとうございます。頂きます」と言って、袋を破る。スティック状の生地の先端にチョコレートがコーティングされたお菓子が現れた。


 チョコレートの部分を頭からかじる。甘くて、疲れを癒してくれるようだった。


「甘い物は好きか?」


 港に問われて無言で頷いた。まだお菓子が口に入っているので返事ができないのだ。


「それはよかった。俺にも半分くれ」


 翼が慌てて袋からお菓子を取り出そうとすると、港が顔を近づけてきた。


(え? 何?)


 目を白黒させていると、翼が今まさに食べている、スティック状のお菓子の先端を口に含む。


(え? ええっ?)


 混乱する翼をよそに、港はお菓子をそのままかじり取った。もう少しで唇が触れ合うのではないか。そう思った時だ。


 ガチャッ。


 扉が開く音が聞こえた。誰かが帰ってきたのだろうか。


 港は一つ笑みを浮かべると、そのまま離れていった。


「チョコレートがある方がうまいだろうな」


 そう言い残すと「あまり無理するなよ」と言い残して出入口に向かう。そして、帰ってきた社員に「お疲れ」と言って帰っていった。


 扉に目を向けると、真琴が立っていた。帰ってきた社員は真琴だったらしい。


「……どうしたの?」


 茫然としながら、お菓子を口にくわえる翼を見て、真琴は問いかけた。


 翼は、真琴の顔と、先端だけがかじりとられ、いびつな形になっているお菓子を交互に見る。


「港さんに……お菓子食べられた……」


「え?」


 真琴は入り口から翼の元に歩いてくる。そして、戸惑いながら、翼が持っているお菓子の箱を見た。


「お菓子を一本、取られたってこと?」


「えっと……私が食べてたお菓子を、港さんに食べられたの」


 それでも真琴はよくわからないらしい。実演したほうが早いかもしれない。翼はお菓子を取り出して口に含んだ。そして、先端を手に取ってバキッと折る。


「こういう感じで、港さんに食べられたの」


 言った瞬間、真琴が眉根を寄せる。どことなく空気が重くなった気がした。


「翼ちゃん、もう一本食べて」


 真琴が静かな声で言う。しかし、翼には荒れ狂う何かを抑えている声に聞こえた。


 そして、言われるままに、お菓子をもう一本口に含む。真琴は、椅子に座っている翼に、目線を合わせてきた。どこか落ち着きがない表情をしている。


 息遣いさえもわかりそうな距離まで、真琴の顔が近づく。自分は今、どんな表情をしているのだろうか。心臓の鼓動が速くなる。真琴への気持ちが溢れそうになっている。緊張しているのがバレてしまいそうで恥ずかしい。


 真琴とは、もうスティック一本分の距離しかなかった。

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